公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

本田悦朗

【第1062回】早すぎた金融政策の「柔軟化」

本田悦朗 / 2023.08.07 (月)


国基研企画委員・元内閣官房参与 本田悦朗

 

 日銀は7月27~28日の政策決定会合で、アベノミクスの「第一の矢」である「大規模な金融緩和」の手段として実施している長短金利操作(イールドカーブ・コントロール=YCC)の「柔軟化」を決定し、即日実施に移した。即ち、従来、10年物国債の利回りの上限が0.5%であったのに対し、これを1.0%に引き上げたのである。
 この新しい運用は2%の物価安定目標の達成に寄与するのであろうか。それとも、逆に、金利の自由度が上方に拡大した結果、金利抑制による経済刺激効果が低下して物価安定目標から遠ざかってしまうのだろうか。後者であれば、YCCは「柔軟化」の名のもとに「形骸化」してしまうことになる。

 ●長期金利の上限引き上げ
 YCCとは、満期が最も短い政策金利を-0.1%(マイナス金利政策)、10年物国債の長期利回りを0%に誘導する金融緩和の枠組みである。ただし、長期利回りについては±0.5%までの変動幅を許容している。今回の決定では、この長期金利の±0.5%までの変動幅を維持する一方、+1.0%までの利回り上昇を認めることとした。
 日銀は、+1.0%の固定利回りで無制限に10年物国債の買いオペを行い(これを「指値オペ」という)、それを超える利回り上昇を認めない。今回の決定までは、+0.5%で指値オペを実施しており、変動幅の上限と指値オペの利回りが一致していたが(防衛ラインが+0.5%)、今回の決定によって両者に乖離が生じた。その結果、+0.5%までの変動幅はほとんど意味を持たなくなった。
 長期利回りの上限を引き上げた理由は、政策決定会合のメンバーの多数が、今後の消費者物価指数が予想以上に上昇する可能性を意識し始めたからであろう。一般に、利回りは実質金利(潜在成長率にほぼ等しい)と予想物価上昇率の和で決まるが、メンバーの多数が、予想物価上昇率がその中央値よりもかなり上昇する可能性を見ている。利回りが将来上がってきた場合を見越して、前もって上限を引き上げておき、利回り上昇に備えておくことにしたのであろう。

 ●「現状維持」が適切だった
 問題は実際、消費者物価上昇率が上昇し、2%の物価安定目標に持続的に接近していくのかということである。この点、日銀の決定文では「賃金の上昇を伴う形で、2%の『物価安定の目標』の持続的・安定的な実現を見通せる状況には至って(いない)」と分析している。即ち、我が国経済は、賃金上昇を起点とする持続的な物価上昇が相当の確度をもって期待できる状況にはなく、むしろ決定会合メンバーの消費者物価指数の予想中央値を見ると、2024、25年度と低下している。
 我々の課題は、金利抑制による経済刺激効果を最大限に維持・活用しつつ、需要拡大によって物価安定目標を持続的に達成することである。そのためには、現段階ではYCCは「現状維持」が最適であった。YCCの修正は早すぎたのである。(了)