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細川昌彦

【第1067回】外交無策が続く中国の水産物禁輸への対処

細川昌彦 / 2023.09.04 (月)


国基研企画委員・明星大学教授 細川昌彦

 

 中国による日本産水産物の禁輸に対して、日本外交の無策が続いている。岸田文雄首相は漁業関係者への支援策ではスピード感重視だが、中国に対する行動は躊躇するばかりだ。外交当局者は「中国を刺激しない」を繰り返す。しかし水産物禁輸は中国の「経済的威圧」であり、中国がそれを対日外交カードとして利用しようとすることを前提に、日本政府は早急に行動すべきだ。とりわけ重要なのは、世界貿易機関(WTO)への提訴と、国際連携の二つだ。

 ●WTO 提訴を控える理由はない
 まずWTOへの提訴は「対立を煽る」ものではなく、むしろルール重視の外交として重要だ。松野博一官房長官は「WTOの枠組みの下で対応する」と述べた。しかしこれは提訴ではなく、WTOの会合の場で中国の措置の不当性を訴えることを念頭においたものに過ぎない。これでお茶を濁していてはいけない。
 外交当局がWTO提訴に慎重である理由は二つある。
 第一は結果を得るまでに時間がかかることだ。しかし結論も大事だが、それだけが目的ではない。ルール重視の外交を明確にすることが、今後も繰り返されかねない経済的威圧への抑止になる。豪州は中国の経済的威圧に対してWTOに提訴したが、結論が出る前に中国は軟化の動きを見せている。
 第二はWTOで負けるリスクだ。日本政府は福島第一原発事故後、韓国の水産物禁輸をWTOに提訴したが、2019年に上級委員会で逆転「敗訴」した苦い経験から、提訴に消極的だという。しかしこれは裁定の中身を理解しない表面的な反応だ。
 通商法の専門家の大方の見解はこうだ。
 「上級委員会は韓国の措置を妥当と最終判断したわけではない。韓国の措置は妥当でないとしたパネル(小委員会)の判断について、判断材料の不備を指摘して取り消しただけで、措置が妥当かどうかの判断は回避した」
 つまり敗訴というより「判断回避」であって、実質的には差し戻しなのだ。提訴に消極的な外交当局が敢えて「敗訴」という言葉を使い、政治家を含めて誤解させているとすれば、問題だ。
 また科学的根拠をもって国際機関によるお墨付きもある処理水放出に対する中国の禁輸は、韓国の禁輸と決定的な違いがある。
 WTO提訴には「協議要請」と「パネル設置」の2段階がある。まず第1段階の協議要請を早急にすべきだ。中国が日本との話し合いにも応じていないので、協議の場に引き出す仕組みは重要だ。中国は8月31日、WTOに今回の禁輸措置を通知し、即時撤廃に応じない姿勢を明確に示した。日本も早急に動くべきだ。

 ●G7連携も「見える化」せよ
 一方、国際連携も重要だ。主要7か国首脳会議(G7サミット)で合意された「経済的威圧に対する共同対処」として「調整プラットフォーム」を立ち上げて本件を取り上げるべきだ。これも外交当局同士が水面下で電話連絡をして調整したことにするだけではいけない。国際連携を「見える化」することが抑止力の上でも重要なのだ。
 「中国を刺激しない」一辺倒ではなく、戦略性をもって即刻行動すべきだ。(了)