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西岡力

【第1088回】「帝国の慰安婦」無罪判決の二つの意味

西岡力 / 2023.10.30 (月)


国基研企画委員兼研究員・麗澤大学特任教授 西岡力

 

 10月26日、韓国最高裁判所は朴裕河・世宗大学名誉教授の著書『帝国の慰安婦』の記述は「学問的主張ないし意見表明」であって名誉毀損罪で処罰される「事実の摘示」と見ることは困難だとして、罰金1000万ウォン(約110万円)を宣告した2審判決を無罪趣旨で破棄し、高裁に差し戻した。学問の自由の観点から歓迎したい。

 ●学問の自由を重視
 朴氏は2013年に韓国で『帝国の慰安婦』を出版した。それに対して仏教系の慰安婦支援組織ナヌムの家に居住する元慰安婦9人が2014年6月にソウル地裁に販売禁止仮処分申請と名誉毀損民事訴訟を起こし、同時に検察に名誉毀損罪で告発した。
 ソウル地裁は2015年2月仮処分申請を認めて同書を販売禁止とし、原告が求めた53カ所のうち34カ所について削除を命じた。(現在、韓国で販売されているのは削除を行った後の修正版であり、2014年日本で出版された同書も修正版を元に、さらに著者による修正が加えられている)。
 民事訴訟では2016年1月、ソウル地裁が9000万ウォン(1人当たり1000万ウォン)の損害賠償を命じる判決を下した。民事裁判は今も係争中だ。
 一方、検察は2015年11月に朴氏を名誉毀損罪で在宅起訴した。刑事裁判は2017年1月に1審無罪、同年10月2審ではそれを覆し、検察が名誉毀損とみなした35カ所の表現の中で11カ所は虚偽事実を摘示したとして罰金1000万ウォンを宣告していた。
 最高裁判決は「学問的表現の自由を実質的に保障するためには、学問研究結果の発表に使用された表現の適切性は刑事法廷で識別するより自由な公開討論や学会内部の同僚の評価過程を通じて検証されることが望ましい」として、学問的表現に対する名誉毀損罪適用に慎重さを求めた。これは学問の自由という観点から評価できる。その観点から私は刑事裁判を批判しつつ言論で朴教授批判を行ってきた(https://jinf.jp/feedback/archives/19941)。
 しかし、そのような当たり前の判決を最高裁が6年間、出さずに時間を浪費してきたことは大きな問題だ。反日を叫んだ文在寅政権下で最高裁が責任を果たさず判断を先延ばししてきたとしか思えない。

 ●慰安婦を売春婦だとは認めず
 一方、最高裁判決は「図書の全体的な内容や脈絡からみて、被告人(朴教授)が検事の主張のように、日本軍による強制連行を否認したり、朝鮮人慰安婦が自発的に売春行為を行ったとか、日本軍に積極的に協力したという主張を裏付けたりするためにこの表現を使用したとは見えない」とも明記した。朴教授自身も、自分は慰安婦が売春婦だという日本右派と同じ主張をしていないと繰り返し語っている。だから、残念ながら今回、韓国最高裁が慰安婦は売春婦だという主張を学問の自由の範囲だと認めたとみることは出来ない。
 慰安婦は売春婦だと言い切った柳錫春・前延世大学教授の裁判では、今年4月に判事が朴教授への最高裁判決が出ていないことと、検察が強制連行の証拠を出していないことを理由に裁判の事実上の中断を宣言した。今回の最高裁判決が柳教授の裁判にどのような影響を与えるのか注視したい。(了)
 
 

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