国基研企画委員・福井県立大学教授 島田洋一
サダト大統領(1981年、イスラム過激派により暗殺)以来、イスラエルとの平和共存路線を取り、イランのごとき神権政治とは一線を画してきた中東の大国エジプトの政治体制が揺れている。ムバラク政権打倒が、イランや北朝鮮と結ぶようなイスラム・ファシズム勢力の跳梁につながらず、健全な民主化に帰結するか、重要な局面が続いている。
その中で要注意なのが、反ムバラク運動の前面に躍り出たモハメド・エルバラダイ前国際原子力機関(IAEA)事務局長とイスラム原理主義勢力ムスリム同胞団との奇妙な連携である。
米保守派の否定的なエルバラダイ評
かつてイランの核兵器開発をめぐって鞘当てを演じたジョン・ボルトン元米国連大使は、エルバラダイ氏について、「彼は、私がブッシュ政権にいた全期間を通じ、イランの弁護に終始した。IAEAの査察官が上げてきた事実を忠実に報告するのではなく、取引を試みる方に関心を示した」と述べている(回顧録)。
米保守派を代表する論客チャールズ・クラウトハマー氏は、エルバラダイ氏中心の暫定政権発足は「惨事」だと、より直截に否定的評価を下す。
2005年総選挙で、非合法のため無所属立候補でありながら20%近い議席を得たほどの支持基盤を有し、統制の取れた組織を持つムスリム同胞団にとって、エルバラダイ氏は「役に立つバカ者」「国際的な看板」に過ぎず、遠からず捨てられるはずだという(ワシントン・ポスト2月4日付)。
民主化進展に期待する声も
クラウトハマー氏は、エジプト軍が中心となった統制の取れた改革が唯一の道と強調するが、米保守派内でも、あまりに悲観的な見方だと民主化運動の内在的発展に期待する声も存在する。
チリ、韓国、フィリピン、インドネシアといった「独裁的同盟国が民主的同盟国に転換」した事例に目を向けようと論じるビル・クリストルはその一人である(ウィークリー・スタンダード誌2月14日号)。しかし、そのクリストルも、米同時多発テロ実行犯のリーダー、モハメド・アッタやアルカイダのナンバー2、アイマン・ザワヒリがエジプト人である事実に改めて注意を喚起する。
エジプトの体制の緩みに乗じ、国内外に潜伏する過激イスラム勢力が活性化するなら、悪影響は広範囲に広がりかねない。ボルトン氏は、イランによる地域覇権の追求こそが最大の問題としつつ、レバノンで、イランが支えるテロ組織ヒズボラが権力を握りつつある事態を、エジプトの現状以上に重視すべきだと論じている(ロサンゼルス・タイムズ2月3日付)。(了)
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第75回:イスラム過激派活性化の危険―エジプトの混乱で(島田洋一)