ウクライナ侵攻直後、プーチン・ロシア大統領が核兵器を「戦闘態勢」に移行すると発言したことを受け、英BBCは「これによりロシアが『戦術』核兵器を使用する恐れが高まった。全面的な核戦争とまではいかないが、劇的な展開だ」と報じている。バイデン米大統領も昨年6月、「プーチン氏が戦術核を使うことを懸念している」と述べ、危険性は「現実のものだ」と語っている。
●中国の核恫喝はあり得る
ウクライナの教訓を受け、韓国では核保有の議論が盛んだ。韓国が核武装することにより、北朝鮮の核使用を抑止できるとの認識が広がっている。2022年7月の世論調査では74%が独自の核開発に賛成している。世論に押された尹錫悦大統領は昨年4月、ワシントンにおいてバイデン大統領と会談し、米核搭載潜水艦の韓国への定期派遣を含む画期的な合意を結んだ。米政府は、米国の北朝鮮に対する核兵器使用の計画に韓国が関与することも認めている。しかし、米国は韓国の核武装は認めなかった。
中国の核開発は急ピッチだ。昨年10月の米国防総省の年次報告書によれば、中国は既に500発超の核弾頭を保有しており、2030年には1000発を超えるとされている。米国は約1700発の核弾頭を実戦配備しているが、近いうちに米国と中国の戦略核バランスが均等となり、中国が戦術核を使うと脅してきた場合、対ロシア同様、これを確実に制止できる保証はなくなる。台湾への武力侵攻が現実となれば、日本に対しても核の恫喝を行う可能性は否定できない。
●安倍氏の提唱を無視した自民党
中国、ロシア、北朝鮮という権威主義の核保有三か国に囲まれ、核の脅威の現実味が増大している状況において、我が国の核抑止体制は万全なのか。これまでのように、米国に全面的に頼るという甘い認識では、とても我が国の安全は保てない。日本として、核抑止に関する国民的な議論が欠かせないことは自明である。
2022年2月のテレビ番組で、安倍晋三元首相が「非核三原則を基本的な方針とした歴史の重さを十分かみしめながら、国民や日本の独立をどう守り抜いていくのか現実を直視しながら議論していかなければならない」と、世論を啓蒙した。しかし翌月に開催された自民党国防部会においては、核に関する党内の議論をわずか1日で終えてしまっている。これでは我が国の独立と安全を確実に守れるとは思えない。
核を論じるには、核廃絶、核軍縮、核抑止、核拡散防止条約(NPT)、そして非核三原則等、あらゆる視点からの議論が欠かせない。しかし、まずは核の脅威の現実を理解し、認識を共有することから始めることが緊要だろう。この際、今為すべきこと、そして将来に向けて準備を進めることの時間軸を念頭におくことも重要だ。議論から逃避してはならない。(了)
第526回 核の議論をタブー視するな
防衛費43兆円の使い道、抑止力の強化に真に必要なのは何か。我が国は中・露・朝の核保有国に囲まれる環境の中、米国の拡大抑止に自国の生存を依存するだけでいいのでしょうか。今の日本、核について議論さえできない風潮。当事者意識が欠如した状態ではいけません。
櫻井よしこ 国基研理事長、有元隆志 国基研企画委員