公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

田村秀男

【第1167回】日銀は脱デフレのチャンスを潰すのか

田村秀男 / 2024.08.05 (月)


国基研企画委員・産経新聞特別記者 田村秀男

 

 日銀は7月31日の金融政策決定会合で、政策金利を0.25%に引き上げると同時に、国債の新規買い入れの減額を決めた。消費が停滞している中で金利と通貨発行量の両面で金融を引き締める。これでは、ようやく迎えた30年デフレからの脱出のチャンスを潰しかねない。

 ●円安是正優先でタブー失念
 植田和男日銀総裁は記者会見で利上げについて「景気に大きなマイナスの影響を与えるものではない」と強調した。賃金と物価の上昇が引き続き強まるとの見通しを示し、「デフレ」には一切言及しなかった。しかし、総務省の家計調査によると、春闘の大幅賃上げで5月の家計の実質収入は前年比でプラスに転じたが、消費は逆にマイナスに落ち込んだ。8月2日内閣府公表の経済財政白書は「今後もデフレに戻る見込みがないことを確認する必要がある」とし、デフレ圧力が去っていないことを事実上認めている。
 植田総裁は物価上昇を招くとして円安に強い懸念を示し、さらなる利上げに前向きの構えを見せた。これについて、米紙ウォール・ストリート・ジャーナル電子版社説は「植田氏は主要中央銀行の当局者の中で唯一、為替レートを懸念していることを認める存在となった」と論評した。日銀が為替を意識した金融政策を行うと認めるなら、円安を強く批判している共和党大統領候補トランプ氏がつけ込むテーマになると同社説はみる。植田総裁は円安是正に気をとられる余り、日米問題に転化しやすい為替問題は金融政策のタブーであることをすっかり忘れている。

 ●鈍感な岸田政権
 デフレ無視、円安是正優先の植田日銀に対し、岸田文雄政権は鈍感すぎる。日銀は政策運営で政府からの独立性を保証されているが、政府側は日銀政策決定会合で異論がある場合、議決を延期するよう請求できる。ところが今回の決定会合前、鈴木俊一財務相は日銀に対して請求権を行使しないとあらかじめ通告済みだ。おかげで植田氏は安心して利上げ、量的引き締めのシナリオ通り、議事を進められた。
 岸田政権は、2025年度の基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)黒字化達成を確定させようとする。PB黒字化とは防衛、社会保障などの政策支出を税収の範囲内にとどめるという意味だ。黒字化は歳出削減の継続と増税を伴うので、民間需要を萎縮させ、デフレ圧力を高める。岸田首相は「脱デフレのチャンス」と口にしてきたが、日銀と財務省がそろってデフレ圧力温存に動いていても、気にしない。空疎極まる。(了)