米国のトランプ前大統領は7月18日、共和党大会での大統領候補指名受諾演説で、「北朝鮮の金正恩委員長と仲良く過ごした。核兵器を持つ者と仲良く過ごすことは良いことだ」と語った。23日、北朝鮮国営の朝鮮中央通信は論評を出し、「国家の対外政策と個人的感情は厳然と区別すべきである」として、トランプ氏に距離を置く立場を表明した。
金正恩政権は米大統領選挙でトランプ氏が当選することを強く期待している。だから、中央通信論評はトランプ政権が復活した場合を想定して、一定の譲歩を求めるジャブのようなものと見るべきだ。
●北がトランプ氏側と秘密接触
論評は結論部分で「歴代行政府の深刻な戦略的錯誤のため、今や米国は自国の安保から本当に心配すべき時代が到来した」と脅した上で、「現在のように、時を構わず核戦略資産を送り込み、先端武装装備を増強し、核作戦運用まで予見した頻繁な侵略戦争試演会をヒステリックに繰り広げながら、いわゆる対話だの、協商だのといくら唱えても、われわれが信じられるか」と述べて、米韓軍の軍事演習を止めることを求めている。トランプ氏がシンガポールでの1回目の米朝首脳会談(2018年)で在韓米軍の演習の中止を約束したことを想起しているのだ。
北朝鮮がこの間、軍事技術的には行う必要があった核実験を延期してきた理由は、金正恩氏が「トランプの当選可能性がゼロになるまでは核実験をするな」と命令していたからだという複数の情報がある。金正恩氏は、トランプ氏が再び大統領になれば早い時期に首脳会談を行って、「私はあなたとの約束を守って核実験をしなかった」と言うつもりなのだ。すでに昨年から東南アジアとニューヨークの二つのチャンネルで北朝鮮はトランプ陣営と接触している。
北朝鮮はその接触でトランプ氏側に、核兵器生産の凍結と核実験・ミサイル発射の中断を行うから、国連制裁の部分的解除をしてほしいと打診しているという。ハノイでの2回目の米朝首脳会談(2019年)で妥結直前までいった案だ。北朝鮮側はその案をトランプ新政権がのめば、その直後に日朝関係を大きく動かして、拉致被害者の帰国をカードに日本から多額の過去清算金をとるという算段をしていると聞いた。
●早期の米朝首脳会談も
岸田文雄政権が進めてきた、拉致問題を核・ミサイル問題と切り離して人道問題と位置づけ、人道支援、日本の独自制裁解除と引き換えに生存拉致被害者の帰国を実現するという政策は、バイデン米政権との交渉を考えていない金正恩政権から一定の肯定的反応を引き出した。しかし、2月から3月にかけて複数のルートで行われた岸田首相訪朝条件をめぐる秘密交渉が何らかの理由で座礁した。今後、北朝鮮は11月の米大統領選の結果が出るまで、対日、対米関係で動くことはないだろう。
バイデン大統領後継のハリス副大統領が当選すれば、米朝交渉は進まないので、岸田政権が進めた拉致優先政策が再び効果を発揮する可能性が高い。一方、トランプ氏が当選すれば、来年の早い時期に米朝首脳会談が持たれる可能性が高い。そのとき、ハノイでの首脳会談と同じようにトランプ氏が拉致問題解決を迫るか、核問題で日本の安全が守れる形の妥結がなされるか、日米同盟の根幹に関わる大きな課題が浮上するだろう。日本はその備えを今からしておくべきだ。(了)