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西岡力

【第1260回】反日感情の政治利用が心配―新韓国大統領

西岡力 / 2025.06.09 (月)


国基研企画委員兼研究員・麗澤大学特任教授 西岡力

 

 韓国大統領選挙で「共に民主党」の李在明氏が新大統領に選ばれた。得票率は49%だった。尹錫悦政権の与党だった「国民の力」の金文洙氏が41%、保守新党「改革新党」の李俊錫氏が8%だった。
 今回の選挙は、昨年12月の尹錫悦大統領(当時)による戒厳宣布のため大統領弾劾が成立したことを受けて実施された。李在明氏と李俊錫氏は、戒厳宣布は憲法違反で許されないという立場だった。この2人の得票を足すと約6割に達する。左派系のハンギョレ新聞は選挙結果について「韓国国民が投票で内乱を審判した」と書いた。韓国の自由民主主義は大統領による戒厳宣布という憲法破壊行為を法治の枠の中で処分した。それがこの選挙の第一の意味だ。

 ●極左でなく実利主義者
 李在明氏の当選直後、「共に民主党」が圧倒的多数を占める国会は、尹氏による戒厳宣布を内乱と位置付けて捜査する特別検察と、尹氏の夫人金建希氏の様々な犯罪容疑を捜査する特別検察を発足させる法案を可決した。李大統領が拒否権を使わず、同法は今週成立する。捜査が法と証拠に基づく厳格なものとなるか、政敵に報復する政治捜査になるかはまだ分からない。李政権は当分の間、国会の大多数議席と野党の弱体化を受けて、やりたいことは何でもできる。
 ある保守派知識人は「どのような聖人君子でも独裁をしたくなる条件が李大統領に与えられた。李氏の良識に依存するしかない不安な状況だ」と語った。韓国政治を長く取材してきたベテラン記者らは口をそろえて、「李政権は、保守派に政治報復をして従北反日政策を推進した文在寅政権とはかなり違う。李氏は文氏のような極左、主体思想派ではない。社会の底辺から這い上がってきた実利主義者、機会主義者だ」と言う。

 ●慰安婦問題は再燃も
 貧困家庭に育ち、大統領にまで上り詰めた李氏の現在の関心は、大統領として成功することだ。そのためには、過去の自分の言動を果敢に否定することもいとわないだろう。イデオロギーよりも自分の成功を優先するからだ。李氏が大統領選挙中に、韓米同盟と韓米日協力関係が外交の基軸だと言い続けてきたのは、成功する大統領になるためにはそれしかないと理解したからだ。
 李氏は就任直後、一つ間違えれば日韓関係を最悪にしかねない朝鮮人戦時労働者問題について、前政権がつくった第三者代理弁済の枠組みを維持すると明言した。一方、慰安婦問題では、慰安婦の名誉を傷つけた者に刑事罰を科す新法の推進、慰安婦記録のユネスコ(国連教育科学文化機関)登録、世界中の慰安婦像の保護と増加、などを公約した。「反日種族主義」執筆陣の学者、慰安婦像撤去を叫んできたアンチ反日運動家が弾圧されることが心配だが、これら公約は外交問題と言うより国内向けのガス抜きだ。ただ、経済政策などに失敗して世論の反発を招いたとき、感情的な反日による支持率回復を目指す可能性は十分ある。日本側が安易に謝罪することは禁物だ。(了)