公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

織田邦男

【第1291回】国民を愚弄する低調な総裁選

織田邦男 / 2025.09.29 (月)


国基研企画委員・麗澤大学特別教授 織田邦男

 

 盛り上がりに欠ける自民党総裁選である。理由は二つある。一つは5人の候補者が失点を防ごうとするあまり、本音を語らないこと。二つ目は最も大切な日本の安全保障について議論が低調であることだ。

 ●仲良しクラブ
 昨年の総裁選で、某有力候補者が討論会での失言などにより、首相の器でないことが露呈し敗北した。この教訓なのだろう。各候補者は持論を封印し、議論を呼ぶような論点は避け、安全運転に徹する。失言を危惧し、下を向いてひたすら原稿を読むだけの候補者もいる。論争から逃げ、互いの顔色を伺いながら、他候補者の主張を批判も追及もしない。さながら仲良しクラブを見ているようだ。
 首相になれば、国民に痛みを受け入れてもらわねばならないことも多い。選挙では耳障りなことは言わず、首相になったら豹変すればいいとでも思っていたら、民主主義の否定であり国民を愚弄している。

 ●危機感の欠如
 安全保障の議論も極めて低調である。2025年版防衛白書は「戦後最大の試練の時を迎え、新たな危機の時代に突入しつつある」と述べている。防衛白書が1970年に創刊されて以来、最も厳しい情勢認識である。
 ウクライナ戦争は、国連の常任理事国が侵略戦争を始めれば誰も止められないことを実証した。国連は権威を失って機能不全が常態化している。ロシアは核による威嚇・恫喝を続け、核は再び現実の脅威に回帰した。北朝鮮はワシントンへ届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)を完成させ、同時に日本の防衛能力では迎撃できない極超音速ミサイルの発射実験を成功させた。米国による「核の傘」の信憑性が根本から揺らいでいる。台湾有事も待ったなしだ。各候補者にはこの切羽詰まった危機への思いが感じられない。

 ●思考停止の日米同盟「基軸」論
 日米同盟は安全保障の「基軸」と各候補者は口を揃える。だが、トランプ政権は同盟国の為に金を使うこと、血を流すことを極端に忌避する姿勢を鮮明にしている。またトランプ大統領は「日本が基地を提供し、米国が日本を守る」という非対称性を不公平だと非難する。日米同盟は構造的変容を遂げつつあり、能天気に「基軸」と言っていればいい時代は終わった。従来の延長線上に日本の平和と安全はない。核抑止戦略や憲法改正など、次の首相は処方箋を示さねばならない。 
 我々は、国難を救う覚悟と見識のある力強い新総裁を求めている。失点を恐れ、持論を封印するような軟弱な総裁を望んではいない。こんな低調な総裁選では、自民党はますます凋落していくことだろう。(了)