政府は「聖域なき関税撤廃」に反対するとの政権公約を理由に、依然、TPP(環太平洋経済連携協定)交渉参加に曖昧な態度を取っている。交渉参加の目的は、中長期的な国益の確保である。では、政府の言う「聖域」とは具体的に何を意味するのか。その聖域を守ることは国益に適うのか。
●既得権益の保護は国益に非ず
聖域として考えられているのが農業分野であることは自明である。日本農業が瀕死状態にあるのは、これまでの保護農政の結果である。つまり、農家の大多数を占める兼業農家や農協を政治的な思惑から援助した保護政策こそ、主業農家と農業全体の潜在力を弱め、農業を一層の保護政策に依存する悪循環に陥らせた元凶である。現在の保護農政は国益に適うどころか、有能な主業農家と消費者の犠牲の上に特定集団を利しているに過ぎない。
農業の再生には、画一的な農家保護をやめ、農地を集約し、減反政策を廃止し、主業農家に生産の自由を与え、同時に、価格低下の影響を受ける主業農家に限定した補助金を設け、国内需要を超す生産物の輸出を促進することで主業農家の育成強化を図る必要がある。こうした新たな農政こそ国益に適うのであり、その実現には、自由競争市場の拡大を目指すTPPに積極的に参加し、高成長のアジア市場を開拓することが重要である。
実際には、TPP参加で即関税撤廃とはならなし、分野により少なくとも10年以上の調整期間が設けられる。また、農業分野では米国ですら砂糖や繊維製品で例外を求めており、例外扱いについて一定の合意が成立する可能性も高い。交渉参加を遅らせることでルール設定に自国の主張を通す機会を失い、国益の損失に繋がることがあってはならない。
●環太平洋地域の健全な発展に貢献
TPPは、民主主義、法治主義といった普遍的な価値を共有する国々の間で、21世紀にふさわしい高水準の経済・通商の枠組みを作ろうとするものである。TPP参加により、日米が協調して経済及び安全保障の両面で緊密な連携を図り、貿易、投資、知的財産の保護などに関するルールを共に構築することが、アジア太平洋地域の健全な発展に不可欠で、急速に台頭する中国への牽制にもなる。
日本のTPP 交渉参加の動きがメキシコ、カナダの参加の一因になったことや、日中韓のFTA(自由貿易協定)協議を加速させたことは確実である。さらにタイが交渉参加を表明し、巨大な自由市場の実現を加速させている。日本が参加してもしなくてもTPPは進展する。参加しない場合、今後の日本の政治的、経済的影響力の低下は計り知れない。
また、TPP参加によって米国のシェールガスの安定輸入により確かな道が開け、日本にとって最重要課題であるエネルギーの安定確保に資することも忘れてはならない。
今年7月の参院選まで「安全運転」に徹することを優先し、交渉参加を遅らせることは、日本の主張を貿易・投資ルールに盛り込む余地を狭め、結果的に国益を損ねる。政府は国益と個別の権益や利益を混同した不毛な議論に終止符を打ち、TPP交渉参加を直ちに決断すべきである。(了)