公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

黒澤聖二

【第388回】必要な南シナ海監視の国際的枠組み

黒澤聖二 / 2016.07.19 (火)


国基研事務局長 黒澤聖二

 

 南シナ海での中国の主権主張を否定した仲裁裁判所の裁定を受けて、ウランバートルで開かれたアジア欧州会議(ASEM)首脳会合は「国際法や国連海洋法条約の諸原則に基づく紛争解決」をうたう議長声明を採択、名指しは避けながらも、裁定の尊重を中国に促した。しかし、いくら正論であっても中国は聞く耳を持たない。一方、裁定を詳細に見れば、海洋国家日本が手放しで喜べない内容も含まれていることが分かる。

 ●防ぐべき「沖ノ鳥島」への波及
 日本に影響が及ぶ可能性が否定できないのは、スプラトリー(南沙)諸島には法的な意味で「島」が存在しないと決定されたことである。
 今回の裁判では、海洋法条約第121条の解釈が行われ、同諸島の全ての島礁は岩か高潮時に水没する低潮高地にすぎないと認定された。同条第3項は「人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩は、排他的経済水域(EEZ)又は大陸棚を有しない」と規定している。つまり、今回の決定は、わが国の沖ノ鳥島も同じことではないかという論拠に使われる恐れがある。これまで中国や韓国は、沖ノ鳥島が島でなくEEZを設定できない岩であると主張してきた。
 対して、沖ノ鳥島の場合、2012年の大陸棚限界委員会の大陸棚延長勧告を根拠に反論することが可能だ。海洋資源の管轄海域として沿岸国の200カイリまでの海底及びその下が大陸棚だが、地形、地質的に領土の延長である場合には200カイリを超えて設定できる。その審査の結果が勧告であり、そこで認められた延長部分が沖ノ鳥島の北側に広がる「四国海盆海域」である。延長が認められるということは、沖ノ鳥島を島として扱わないと説明できない。
 ただし、同時に申請した南側の「九州・パラオ海嶺南部海域」は中国や韓国の異議申し立てにより勧告が先送りされたままで、わが国の不安要素となっていることは否めない。

 ●国連総会決議の前例
 さて、ラテン語のpacta sunt servanda(合意は拘束する)は国際法の大原則を示すが、それを可能にするのは、国々が法の支配という価値観を共有するからである。しかし、中国はその価値観共有の輪の中にいない。ではどうするか。
 かつて国際裁判の判決に従わなかった例は幾つかある。その中で、仲裁裁判ではないが、米国のニカラグアに対する軍事行動を違法とした国際司法裁判所の判決(1986年)は有名である。米国はニカラグアへの損害賠償などを命じた判決を無視した。その後、判決履行を求めた安保理決議案に米国は拒否権を行使したが、国連総会決議の採択は防げなかった。結果として米国は国際社会の非難にさらされた。
 今回も、中国が拒否権を使えない国連総会への決議案提出を日本は図るべきだ。加えて、南シナ海の不法行為を監視、防止する国際的枠組みをわが国の主導で作れないか。例えば、アフリカ東部のソマリア沖に展開している国際合同任務部隊は海賊対処に特化した多国籍海軍連合だが、海上自衛官が指揮官になったこともある。このような監視専門の合同部隊なら現実的ではないか。(了)