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渡邊啓貴

【第595回・特別版】ポピュリスト躍進でも欧州統合は崩壊しない

渡邊啓貴 / 2019.05.30 (木)


帝京大学教授 渡邊啓貴

 

 5月下旬に欧州連合(EU)各国で行われた欧州議会選挙で、反EUのポピュリズム勢力が躍進した。フランスではルペン党首の国民連合(RN)が、マクロン大統領の与党・共和国前進(LREM)を抑えて第1党となった。英国でもブレクジット(EU離脱)党が、イタリアでも排外的な極右ポピュリスト政党・同盟が首位となった。反EU派は全体で約3割の票を獲得、議席を34席増やす見込みだ。他方で、LREMをはじめとするEU支持の新勢力である中道リベラル派と緑の党も勢力を拡大し、合わせて58議席増の見込みだ。
 これに対して、英保守党、ドイツのキリスト教民主同盟と社会民主党など、中道右派と中道左派の既成大政党は大幅に後退した。EU支持のこれら大政党は後退したが、中道リベラル派、環境派を含むEU支持派は751議席中500議席程度を維持する見込みだ。欧州議会における反EUと親EUの力関係が逆転したわけではない。今回の選挙で欧州統合が崩壊したり、修正を余儀なくされたりすることはない。

 ●懸念される各国の政局混迷
 むしろ心配なのは加盟国内の混乱だ。各国の政局混迷がEUに波紋を投じている。最大の懸念材料はブレクジットで揺れる英国だ。メイ首相は選挙前、6月7日に与党保守党党首を辞任すると表明した。後任には、強硬離脱派のボリス・ジョンソン前外相が最有力とみられている。しかし、欧州議会選挙ではブレクジット党(得票率32%)に次いで、EU残留派の自由民主党が20%、離脱派と残留派を抱える労働党と残留派の緑の党がそれぞれ約10%だった。強硬離脱派と柔軟離脱派を内包する保守党は9%に落ち込み、前回の23%から激減した。
 フランスで最も深刻な打撃を受けたのは、かつて保守派を代表していた共和党で、得票率が10%を割った。2年前の大統領選挙時におけるルペン派と共和国前進の二大政党対立の構図が再確認された。イタリアの同盟は左派ポピュリズムの「五つ星運動」と連立内閣を形成するが、いまや同盟が支持率では1位だ。難民受け入れ、中国の「一帯一路」構想への参加などで、独仏など他の主要なEU加盟国との摩擦を強めている。

 ●デモクラシーの代償
 ポピュリズムの最も簡単な定義は「反エリート主義」だが、貧富の格差を顧みず、庶民の生活を無視して統合を推進するかに見える政治家やEU官僚は、多くの人々にとってエリートそのものである。反EU・ポピュリスト政党が民衆の声を代表するという論法もデモクラシーの論理だ。そうした中で、各国の政治が分裂の危機に瀕している。
 2016年以来のブレグジット論争は英国の真剣な論争だったと言えるであろうか。離脱派の言動は政権転覆のために手段を選ばない大衆迎合そのものだった。論争の根底にあったのは、政権交代のための権力闘争ではなかったか。その論争の種としてEU離脱が利用されている。だとすれば、ブレグジット論争そのものが政争の具と化している。いわば「デモクラシーの代償」だ。それを必要悪の試練とみるのか。デモクラシーの凋落とみるのか。ポイントは、まさにそこにある。(了)