公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

冨山泰

【第622回】激化する南太平洋の覇権争い

冨山泰 / 2019.09.30 (月)


国基研企画委員兼研究員 冨山泰

 

 南太平洋の島国、ソロモン諸島とキリバスが9月、相次いで台湾との外交関係を断絶し、中国と国交を樹立した。中国は札束攻勢の成功に味を占め、台湾を国際的に孤立させる動きをさらに強めそうだ。地政学的には、中国の南太平洋進出に拍車がかかることで、この海域を舞台とする米中両国の覇権争いは激しさを増すだろう。

 ●島しょ国が相次ぎ対中国交
 太平洋島しょ国14カ国のうち、中国と国交を持つ国は10カ国に増え、台湾と外交関係を保つ国は4カ国となった。世界的にも、蔡英文政権の3年半に台湾と外交関係を維持する国は7カ国減って15カ国となり、過去最少を更新した。
 中国はソロモン諸島に対して、国交樹立と引き換えに、台湾からの援助実績の5倍近い5億ドルの財政援助を約束したと報道された。キリバスには、民間機数機分の購入資金を贈与することを約束したという情報を台湾の外交部長(外相)が明かした。
 太平洋島しょ国で比較的人口の多いソロモン諸島が中国に寝返ったことにより、ナウルなど残る4カ国に「ドミノ現象」が起きるのではないかとの観測も生まれている。
 4カ国のうちツバルでは、議会が台湾寄りの首相を交代させ、外交政策が変わる可能性が出てきた。パラオでは、中国人と共同でホテル事業を手掛ける下院議長が台湾から中国への外交関係の切り替えを主張し始めた。マーシャル諸島では、中国投資家による経済特区建設計画に賛成する議員が親米・親台湾の大統領の不信任案を議会に提出し、辛うじて否決された。こうした出来事がドミノ現象の発生を予感させる。

 ●必要な日米豪台の連携
 太平洋島しょ国は、南太平洋にも延びる中国の勢力圏拡大構想「一帯一路」の格好の標的である。中国は国交のある諸国を対象に、インフラ投資と経済援助で影響力を強めている。
 一帯一路は中国の軍事的膨張にも貢献する。バヌアツで中国が改修したルーガンビル港は中国に軍事転用される恐れが指摘されている。この港は水深が25メートルもあり、米海軍の空母でさえ接岸できるといわれる。トンガは赤道上空の静止軌道の使用権を中国に5000万ドルで貸与した。中国が独自の衛星測位システム「北斗」(米国のGPSに相当)をミサイル誘導など軍事的に利用するには、静止軌道が必要だと専門家は説明する。
 今後、太平洋島しょ国での米中覇権争いの行方を左右しそうなのは、米国と「自由連合協定」を結び、米軍に領域の自由な使用を認めているミクロネシア連邦、マーシャル諸島、パラオ3カ国の動向である。3カ国のうちミクロネシア連邦だけは中国と国交を持つが、中国との協力は純粋に経済的なものだと大統領が強調している。
 日本の旧委任統治領・南洋群島の大部分を占めるこの3カ国に中国が軍事的な橋頭保を築けば、米国の太平洋軍事戦略は根本的に修正を余儀なくされる。日本は安全保障上の利害が一致する米国、オーストラリア、台湾と連携し、「自由で開かれたインド太平洋」構想の実行を通じて自由連合3カ国の対中傾斜を食い止めねばならない。(了)