第620回の「今週の直言」で、日本エネルギー経済研究所参与の十市勉氏は、9月14日にサウジアラビアの石油施設が無人機(ドローン)と巡航ミサイルによる攻撃を受けたことを取り上げ、湾岸産油国を巻き込む本格的な軍事衝突が発生すれば我が国のエネルギー事情は危機を迎える、と警告されている。加えて、台風や集中豪雨による大停電が日本各地で発生している。9月の千葉県の長期停電では、熱中症患者が激増し、死者も出た。
●世界で頻発する大停電
2011年3月の福島第一原子力発電所事故の直後、当時の民主党政権はストレステスト(原発の安全性操業評価)を実施し、弱点を補強した安全対策により原発の再稼働を開始した。しかし、2012年に発足した原子力規制委員会が「田中私案」(当時の田中俊一委員長が個人的に書いたメモ)によって原発を強制的に止めた。このため、我が国のエネルギー自給率は2010年の20%から、一気に6%台に低下し、原発50基分を超える56GW(1GW=100万kW)の太陽光パネルを設置した現在でも、自給率は8%しかない。太陽光パネルの平均稼働率が約13%と低く、主力安定電源とは程遠いからである。原発の再稼働を急がねばならない。
世界では、脱原発・再生可能エネルギー重視の政策による大停電が多発している。最も酷かった例が、1986年のチェルノブイリ原発事故後5年たって独立したウクライナである。15基あった原発を止めたことにより大停電が頻発し、基幹産業であった製鉄業と造船業が壊滅した。失業で収入を断たれた国民が飢え死にするか自殺するかで、数万人が亡くなった。その経済破綻を救ったのが安全対策を施した原発の再稼働であった。
近年も世界各地で大停電が頻発している。再エネが不安定で、電力の予備率が急激に低下するからだ。一昨年の台湾、昨年の韓国、昨年9月の北海道、今年1月の真冬のスウェーデン、7月のニューヨーク、9月のロンドンなどである。ちょっとしたトラブルや落雷などにより、蓄電能力がない太陽光発電や大型風力発電の送電系統からの離脱や変圧器火災が起き、一気に大停電へ拡大する。
●東京五輪の混乱を防げ
東日本大震災から8年もたっているのに、まだ多くの原発で適合審査が遅滞している。中東紛争が拡大し、中東からの石油、天然ガスの輸入が途絶えれば、我が国経済への大打撃は避けられない。電力各社は既に東南アジアなどの天然ガスの追加発注をしているが、火力発電用の石油や、産業・運輸部門で使う石油は大幅不足に陥る。来年の東京五輪は猛暑のさなかに実施される。その時、電力供給が止まれば大混乱となるのは必至だ。
原子力規制委員会は、我が国のエネルギー危機から国民の命と財産を守り、地球環境を保全し、エネルギー安全保障を確保するために、地質・地盤に偏重した審査をリスクに基づく欧米型の規制に改める必要がある。ウクライナの轍を踏んではならない。(了)