不都合な真実を隠そうとするのは、全体主義の本性なのだろう。たった一つのコラムの見出しを理由に、中国は米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の3人の北京駐在記者を追放した。新型コロナウイルスの感染拡大を独裁政治の限界として論評するメディアを決して許さないとの意思の表明だ。それは半世紀前に、産経新聞はじめ3紙の日本人特派員を追放した毛沢東時代と変わらぬ中国共産党の姿であった。外国報道機関に自由な言論を許せば、共産党の一党独裁体制の存続を脅かすとの恐怖がそうさせている。習近平政権は中国を暗い時代に引き戻した。
●「アジアの病人」に怒った中国
2月3日付のWSJに掲載されたウォルター・ラッセル・ミード氏のコラム「中国はアジアの真の病人」が、世界の論調の中で際立って反中的だったとは思わない。米ハドソン研究所の研究員であるミード氏は定期的に同紙に寄稿しており、国際問題への切れ味鋭い論評に定評がある。今回のコラムでは、武漢発のウイルス拡大を許したのは中国当局の不手際であって、中国経済のメルトダウンにつながりかねないと警鐘を鳴らしている。そのミード論文に、編集者が中国を「アジアの病人」と形容する表題を付けた。
ミード論文より前にも、米クレアモント・マッケナ大学のミンシン・ペイ教授がウェブ誌に「コロナウイルスは中国独裁政治の病気」と書き、武漢市当局が当初感染を隠蔽したことを秘密主義の悪癖の表れと批判した。共産党指導部は、一罰百戒のためにも外国メディアのスケープゴートを必要としたのだろう。
●特派員追放で毛時代に逆戻り
これまでも中国の歴代政権は、記者証のはく奪で外国特派員を事実上の追放処分にしてきた。だが、ミード氏のような社外筆者のコラムへの報復に、北京駐在記者を追放するやり方は異常である。この問答無用の追放は、文化大革命時代を彷彿とさせるものではないか。
産経の柴田穂記者らが中国外務省から追放を言い渡されたのは昭和42年9月10日で、その報道姿勢が「中日両人民の友情を求める願いに背き」と理由を告げられた。柴田記者は紅衛兵が張り出す壁新聞を丹念に読み、文化大革命の本質が実は醜悪な権力闘争にあることを報じていた。しかも、追放理由に「佐藤(栄作首相)の反共の罪悪行為に積極的に協力している」と加えているところから、当時の佐藤首相が同月7日から訪台して蒋介石総統と会談したことを強く意識した報復でもあることが分かる。
今回のWSJ記者追放でも、国営の新華社通信がミード論文を「人種差別主義は感染症より悪い敵」として世論をあおっている。国内の失政を隠すため、外国勢力を非難してナショナリズムに火をつけるのは、中国共産党の常とう手段である。中国に自由な報道があれば、新型コロナウイルスの拡散を封じることは可能だったはずだが、メディアを党の宣伝機関としか認めない中国には無理な注文だろう。感染症を拡散させてしまったのは、やはり独裁体制の病気ではないのか。(了)