公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

太田文雄

【第847回】精度高まる中国の核戦力

太田文雄 / 2021.11.08 (月)


国基研評議員兼企画委員 太田文雄

 

 3日に米国防総省が「中国の軍事・安全保障動向に関する報告書2021」を公表した。日本のメディアは一斉に、この中の「2030年までに中国は少なくとも1000発の核弾頭保有を目指している」という点を報道しているが、何故中国が核弾頭の増勢を目指しているのかについての分析が不足しているように思われる。

 ●攻撃目標は都市から軍事施設へ
 ニューヨークやロサンゼルスのような大都市を核攻撃することをカウンターバリュー(対価値)と呼び、これに対して軍施設を核攻撃することをカウンターフォース(対軍事力)と呼称している。
 これまでの中国の核戦略は、カウンターバリューであった。しかし、例えば中台紛争で米国が台湾の支援をしたからといって、米国の大都市と民間人を核攻撃することは、抑止力としてでも敷居が高く、柔軟な反応戦略とは言えない。そこで、米国の大陸間弾道ミサイル(ICBM)収納サイロを攻撃する態勢を整えて信頼性ある抑止力としたくなる。
 そのためには攻撃精度が高くなければならず、それを可能にする全世界的な衛星航法装置はこれまで不十分であった。しかし、北斗と呼ばれる航法衛星が昨年6月に全世界をカバーできるようになるに至って、精度の高いサイロ攻撃が可能となってきた。だが、全米に配備されているサイロを攻撃するためには、一定の数が必要となってくる。従って、現在約250発の核弾頭数を大幅に増勢することが、2030年までに1000発の保有を目指す背景にあると筆者は分析している。

 ●核三国時代の到来
 これまで米国の核戦略はロシアだけを対象としていた。それは中国の核弾頭数が米露と比較して一桁少なかったからである。しかし1000発となれば、米国はロシアのみならず、中国をも対象とした核戦略や軍備管理交渉を構築しなければならなくなる。核に関する米露中三国時代が到来する。
 昨年、ワシントンにあるシンクタンクのトップが、筆者に米露核戦力管理交渉に中国が加わる場合の留意点について意見を求めてきた。また本年、ハワイにあるシンクタンク、パシフィック・フォーラムの理事長であるデービッド・サントロ氏は「US-China Nuclear Relations(米中核関係)」という本を出版した。中国は、中台紛争のような米中軍事衝突に備えて、柔軟かつ信頼性の高い核抑止力の保有を目指している。
 他方、米国防大学出版部から最近出された「The PLA Beyond Borders(国境を越える中国軍)」の第2章では、人民解放軍が台湾侵攻に必要とする海・空からの兵員輸送力や後方支援能力は未だ不十分と分析している。軍事専門家のこうした冷静な分析にも注目すべきである。(了)