公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

島田洋一

【第971回】対北朝鮮外交の落とし穴

島田洋一 / 2022.10.11 (火)


国基研企画委員兼研究員・福井県立大学教授 島田洋一

 

 10月4日、北朝鮮が推定飛距離約4600キロの弾道ミサイルを発射した。西太平洋の米軍重要拠点グアムに十分届くことから、明らかに米国をにらんだものである。
 ここで危惧されるのは、米バイデン政権がブッシュ(子)政権の犯した対北朝鮮外交の歴史的失敗を繰り返さないかである。

 ●圧力緩和で失敗したブッシュ政権
 2006年10月9日、北朝鮮が初の核実験を行った。現在と同様、米国では1か月後に中間選挙が迫っていた。イラク戦争の泥沼化に国民の不満が高まる中、中間選挙で与党共和党は上下両院の多数を失った。
 その直後、ラムズフェルド国防長官が解任された。チェイニー副大統領と並んで、ラムズフェルド氏は対北朝鮮強硬派の中心人物だった。以後、任期切れまでの2年間、ブッシュ大統領は「圧力は対話を阻害する」との考えに立つライス国務長官、ヒル国務次官補(東アジア太平洋担当)のコンビに対北朝鮮政策を委ね、2007年2月の金融制裁解除を皮切りに、歯止めなき圧力緩和の急坂を転げ落ちていく。
 金融制裁の主対象は、北が麻薬・覚醒剤取引、通貨偽造などで不正に得たカネを受け入れていた中国の銀行だった。制裁解除は苦境にあった北朝鮮を蘇生させるとともに、中朝の犯罪的関係を復活させることにもなった。
 ライス氏の回顧録に注目すべき記述がある。
 2007年1月中旬、ベルリン滞在中のライス氏の部屋に同地で米朝協議に当たっていたヒル氏が「明らかに興奮した」面持ちで飛び込んできた。北朝鮮の交渉代表が突然、金融制裁解除と引き換えに核開発の凍結を行うという「本国の訓令以上に踏み込んだ」案を提示してきたというのだ。相手は翌日帰国するので、直ちに回答したいという。
 ライス氏は急きょブッシュ大統領に電話を入れ、「この問題を大きく動かすチャンスです。明日になればチャンスは消えてしまいます」と受け入れを強く促した。
 もし実際に、独裁者金正日総書記の指示を越えた譲歩を担当者が独断で行ったなら、帰国後直ちに処刑されるか収容所に送られるだろう。北朝鮮の常とう手段である揺さぶりに米高官がやすやすと乗せられる様に、嘆息を禁じ得ない。

 ●日本はバイデン政権にクギを刺せ
 ラムズフェルド氏の後任のゲーツ国防長官は、かねてライス氏と盟友関係にあった。ゲーツ氏がライス氏主導の外交に異を唱えたという記録はない。
 ゲーツ氏は、次のオバマ民主党政権でも国防長官に留まり、党派を超えて「穏健派」の間で評価が高いが、退任後、北朝鮮が米国まで届く長距離ミサイルの開発をやめるなら、射程の短い核ミサイルを20発程度持つのは認めるべきだという提言を公然と行っている。日本にとっては論外の話である。
 ライス=ヒル路線は、無原則な圧力緩和で北朝鮮の体制を延命させ、拉致問題の解決を阻害し、核ミサイル開発を加速させた。米外交の典型的な失敗例と言える。今後、北朝鮮は核実験も実施する構えを見せている。岸田政権は米政府に対し、決してブッシュ政権末期のてつを踏まぬよう、早めにクギを刺していかねばならない。(了)
 
 

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