公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

細川昌彦

【第1213回】日中韓FTAに前のめりになる危うさ

細川昌彦 / 2025.01.14 (火)


国基研企画委員・明星大学教授 細川昌彦

 

 石破茂政権の「中国寄り」姿勢の危うさがさらに高まっている。2月に中国の王毅共産党政治局員兼外相を日本に招待し、その際、日中韓の外相会談も開催する予定だ。日中韓の首脳会談も春以降に開催を見込む。そこで浮上しているのが日中韓の自由貿易協定(FTA)だ。

 ●構造問題避けた交渉狙う中国
 中国は日中韓FTAの本格交渉入りを日本に迫っている。昨年5月、日中韓の首脳は2019年から交渉を中断していた日中韓FTAについて、「交渉を加速していくための議論を続ける」ことで一致した。そして「包括的で質の高いFTAをめざす」としている。これは日中韓も参加する地域的な包括的経済連携協定(RCEP)のレベルを上回るものでないと意味がないからだ。
 日本は中国の産業補助金政策や国有企業の優遇などに歯止めをかけることが重要としている。中国はそうした構造問題には触れずに済まそうとする。しかし中国がこうした懸案についても議論に応じる見通しが立ってこそ初めて本格交渉ができる。
 補助金に関しては中国が電気自動車(EV)や太陽光パネルの過剰生産を招き、安値輸出で世界の市場を歪めている。日本は中国に公正さを求めることを欧米と共に重視してきた。また中国は日本産水産物の輸入禁止や黒鉛など重要鉱物の輸出規制を行っており、こうした「経済的威圧」が撤廃されることも交渉に入る大前提だろう。中国はこれらをうやむやにしたままFTAの本格交渉入りを図っている。

 ●トランプ政権から疑念の目も
 中国の狙いは対米戦略だ。自らを「自由貿易の推進者」としてアピールするとともに、トランプ次期政権との対立の激化を見越して、日韓を中国の供給網に取り込んで揺さぶりをかける。そうした中国の思惑にもかかわらず石破政権が前のめりになる恐れがあるのだ。昨年12月、岩屋毅外相が訪中し、中国に対するビザ発給要件を緩和したことなどは対中擦り寄りの始まりだ。
 そこにさらに日中韓のFTAとなると、米国はどう受け止めるか。「日本は中国との市場統合を進めるのか」と疑念の目で見られかねない。2月に日米首脳会談を模索しているが、対中融和に前のめりになれば、トランプ次期政権から厳しい反応が返ってくるだろう。FTAを中国が抱える構造問題に厳しく切り込む場にすることを米国に明確に示すことが不可欠だ。慎重かつ毅然と対応しなければ日米関係に深刻な亀裂を生じかねない。

 ●TPPにつなげる中国の思惑
 そして中国が次に狙いを定めているのは環太平洋経済連携協定(TPP)だ。中国は加盟交渉開始の働き掛けを強めてくるだろう。日中韓FTAで踏み出すことができれば、TPPを主導する日本も説得しやすいと見ている。そして加盟交渉に入りさえすれば、巨大な中国市場を餌にして加盟国を各個撃破できると睨んでいる。米国より先に加盟すれば、将来における米国のTPP復帰を阻止できて、米国をアジア経済圏から排除できる。入り口で甘くすると中国の思うつぼだ。
 今、こうした一連の中国の戦略に直面しているのだ。石破政権がこれまでの日本の方針を変えて媚中政策に走ると、将来に禍根を残す。(了)