公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

今週の直言

西岡力

【第226回】張成沢処刑は金正恩政権の弱さの反映

西岡力 / 2013.12.16 (月)


国基研企画委員・東京基督教大学教授 西岡力

 

 北朝鮮独裁政権の最高幹部だった張成沢が処刑された。今回の粛清は、①政権の未熟さとあせりを反映する「同時中継性」②経済制裁による外貨の枯渇から来る利権争い③党内での血で血を洗う権力闘争―が特徴と言える。今後、金正恩政権は内部に不安定さを抱えながら、軍事優先の強硬路線を強めていくだろう。金正恩暗殺やクーデター、大規模暴動などがいつ起きてもおかしくない。

 ●外貨枯渇で利権争い
 北朝鮮ではこれまで繰り返し幹部の粛清が行われてきたが、今回の特徴は同時中継性にある。金日成死去後の1997年から2001年、300万人以上の餓死者が出て社会不安が起きるや、他ならぬ張成沢が主導して2万5千人の幹部が粛清された。いわゆる「深化組事件」だが、いまだに公式発表はない。その時を含め過去の粛清は今回のように即時公表されていない。同時中継的に公表すれば、張成沢勢力は逃亡したり命がけで抵抗したりする。今回のやり方は政権の焦りと未熟さの表れだ。
 第2の特徴は、外貨の枯渇を原因とする軍と政府の利権争いが背景にあることだ。政権を支える外貨の供給源を断つことを狙いに日本をはじめ外部世界が行ってきた制裁は、北朝鮮の内部矛盾を高める効果を生んだ。2012年4月の金日成生誕100周年行事に向けて張成沢主導で軍の外貨稼ぎ部門の多くが政府に移管され、不満を抱いた李英鎬総参謀長が7月に解任された。12月のミサイル実験、2013年2月の核実験、その後の戦争挑発は軍の巻き返しだった。
 特別軍事裁判の判決で、張成沢が経済破綻から来る軍と人民の不満を利用して金正恩政権を倒し首相になって経済再建を図ろうとしたとされていることや、中国と思われる外国に資源や土地租借権などを売り渡した「改革家」だったことが非難の対象となっているところから、経済破綻をどのように乗り切るのかについて路線対立があったことがうかがわれる。

 ●日本に必要な交渉ルートの確保
 第3に、張成沢は金正日の最側近が集まる党組織指導部と仇敵関係にあった。2004年から2006年まで張成沢を失脚させたのが組織指導部だった。今回の張成沢粛清では趙延俊組織指導部第1副部長が大きな役割を果たしたと韓国政府関係者が伝えている。張成沢の復讐によって自分たちが粛清されることを恐れた組織指導部の幹部らが先制攻撃に出たという見方がある。
 今後、金正恩政権は核弾頭の小型化を実現し、米軍の介入を排除して韓国を赤化統一するという金日成時代からの路線の推進に全力を傾けるだろう。経済再建は一層困難になり、1990年代後半のような大規模飢饉と大量難民が発生し、それが暴動に発展する可能性もある。
 日本としては、拉致被害者の安全確保と全員救出のためにも、米国、韓国と戦略のすり合わせを計りつつ、ヒューミント(スパイによる諜報活動)を通じた正確な情報収集に努めながら政権中枢部との交渉のパイプを確保することが求められる。(了)