公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

田久保忠衛

【第249回】ロシアは「アジア重視」に転換

田久保忠衛 / 2014.06.02 (月)


国基研副理事長 田久保忠衛

 

 日本のマスメディアは、5月20、21の両日上海で開かれた「アジア相互協力信頼醸成会議」(CICA)で主役を務めた中国の習近平国家主席に焦点を当てていたが、実はロシアのプーチン大統領こそ中国との「政略結婚」に成功して会心の笑みを浮かべているのではないか。
 ロイター通信社の著名なコラムニストであるアナトール・カレツキー氏は5月23日付のインターナショナル・ニューヨーク・タイムズ紙で、これはロシアのアジア重視策であり、1972年のニクソン米大統領の訪中に匹敵する壮大な外交だったと評した。中ソ間の不仲に目を付けたニクソン氏並みに、プーチン大統領は米中間にくさびを打ち込んだことになるのか。3年前にクリントン米国務長官が外交の軸足(ピボット)をアジアに移すと大見得を切ったが、いまプーチン大統領がピボット外交を開始したことになる。

 ●中露天然ガス契約の戦略性
 西側がどれだけ激しいロシア批判を行おうと、国際法に従えと教訓を垂れようと、クレムリン要人の海外資産を差し押さえ、ビザ交付を拒否しようと、厳然たる事実はウクライナのクリミア半島がロシアに編入され、それが既成事実になってしまったことだ。
 プーチン大統領はその上で、ウクライナ東部国境に展開した軍隊を一部引き揚げてみたり、時に応じて増派してみたりして、西側とウクライナの態度を試すだけでいい。ウクライナの欧州連合(EU)、北大西洋条約機構(NATO)加盟の動きを牽制すれば十分だろう。ロシアはEUのユーラシア大陸版といわれる「ユーラシア経済同盟」をカザフスタン、ベラルーシと共に来年1月に発足させる。
 プーチン大統領は上海で、中国と10年間にわたり懸案だった天然ガス売買契約を一気に結んだ。ロシア産天然ガスを30年間に4000億ドル(約40兆円))で中国に供給する史上最大規模の契約だ。細目はこれから明らかにされるだろうが、EUは対ロシア制裁の目玉としてロシアからの天然ガス輸入を削減しようとしていた矢先に見事な肩透かしを食った。

 ●戦う気のない米国
 安倍晋三首相は5月30日にシンガポールで開かれたアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)で中国の海洋進出に強い批判を加えた。これに同調する国が多かったことは中国もよく認識しただろう。
 冷戦の終焉、米国の一極時代、中国の台頭と米国の影響力低下の次に出現しつつあるのは、現状を力で変更するのを躊躇しない中国、ロシア、北朝鮮、イランと、かつての西側の対立の構図だ。そこでの特徴は米国に戦う意思が欠けている点だ。日本はどうする。(了)