北朝鮮の金正恩政権は拉致被害者らの再調査で、2002年に「死亡」とした横田めぐみさんらを返す決断をしたのか。現段階ではその兆候はない。その意味で5月末の日朝の再調査合意は日本にとって大きな賭けだ。
合同調査ではなく北朝鮮が単独で調査を行い、その結果を日本が確認するという枠組みができたことは評価できる。犯罪を実行した側はわれわれに対して、これが真実だということを納得させる義務がある。日本側は繰り返し調査のやり直しを求め、満足な結果が出ないなら制裁解除などを行わないという原則的立場を貫くことが解決への唯一の道となる。
ただし、生きている被害者を殺害して遺骨を出してくる危険がある。それをさせないためにあらゆる手段を講じなければならない。拉致被害者救出は正念場を迎えた。
●総連再建と外貨獲得が北の狙い
金正恩第一書記は1月、①崩壊の危機に直面している在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)を再建せよ②そのために日本に接触せよ―との指令を下した。1990年代初めには年間1800億~2000億円(内閣調査室調べ)を北朝鮮に送金していた総連だが、第1次安倍晋三政権が実施した「厳格な法執行」などの結果、送金はほぼ止まった。今や総連中央本部は競売にかけられ、明け渡しが迫っている。
安倍政権は今回、核ミサイル開発を理由とする国連安保理決議に基づく制裁は解除できないものの、それを超える日本独自の制裁は解除できるという立場を示した。つまり、拉致問題を日本独自の課題として日朝交渉の入り口に置き、被害者救出を優先する一方、核ミサイル問題は交渉の出口に置いて、それを解決しない限り国交正常化と多額の支援は行わないということだ。
北朝鮮はその点を把握した上で、総連を再建して年間1000億円を超える送金を再現させるとともに、戦後すぐに現在の北朝鮮で亡くなった日本人の遺骨を返還し、「実費」として多額の外貨を得ることを当面の目標としている。
●日本が握る生存情報
北朝鮮が再調査結果として何を出してくるのか不透明だ。偽の遺骨を新たに出してくることすら考えられる。日本の最新技術では、火葬された骨であってもDNAを抽出できることが以前の偽遺骨騒ぎで証明されたが、実は死亡時期もある程度判定できる。そのことを知った北朝鮮は、日本のDNA鑑定技術に関する情報収集活動を精力的に進めてきた。欧州のある国で、DNAは識別できてその骨が誰のものかは分かるが、死亡時期は分からない火葬温度を調べる実験まで行ったという情報を最近入手して、私は大変緊張している。
日本のDNA鑑定技術は世界一だ。もし、1994年に死亡したとされる被害者の「遺骨」が出てきて、日本の鑑定技術により死亡時期が2002年以降と判明すれば、殺害の証拠となる。そうなれば日朝関係は最悪の状況になる。北朝鮮が「死亡」と主張する8人について、日本が確実な生存情報を持っていて、もし「遺骨」を出してきたならDNA鑑定を待たずに生存情報を公開し、北朝鮮を糾弾するというメッセージをあらゆるルートで発信しなければならない。(了)