公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

冨山泰

【第251回】米国防総省が「尖閣有事」に警鐘

冨山泰 / 2014.06.16 (月)


国基研企画委員・研究員 冨山泰

 
 米国防総省が中国軍の動きに対する警戒を明確に強めている。6月5日に同省が発表した年次報告書「中国の軍事・安全保障動向」2014年版は、中国軍近代化の狙いが台湾海峡以外に東シナ海と南シナ海の有事への備えにあると断言した点が前年版との際立った違いだ。台湾有事に関しても、中国が第三国(すなわち米国)の介入阻止の準備を進めていることを冒頭の要旨で明記し、警告の度合いを強めた。ホワイトハウスが中国に厳しい調子の報告書の公表を国防総省に認めたことは、これまで融和的だったオバマ政権の対中政策の変化を意味するものか、われわれは注意して観察する必要がある。
 
 ●領土奪取想定の中国軍演習
 年次報告書は、中国人民解放軍が2013年10月に北海、東海、南海の3艦隊全てが参加する史上最大の海軍演習「機動5号」をフィリピン東方のフィリピン海で実施したことや、同年9~10月に3回に分けて陸海空軍の大規模な統合演習を中国南部と南東部の沿岸で実施したことを取り上げた。このうち、上陸作戦の訓練が行われた後者は、東シナ海の尖閣諸島や琉球列島南部の奪取を想定したものだと米太平洋艦隊の情報将校が今年2月に米国内でのセミナーで発言したいわく付きのものである。
 報告書はまた、①中国軍機と推定される無人機が2013年9月に東シナ海で初の偵察飛行を行った②中国は南シナ海や東シナ海での戦闘能力を高めるために沿岸海域作戦用の新型コルベット艦を開発し、9隻を2013年に就役させた―と指摘し、東シナ海や南シナ海における中国軍増強への危機感をあらわにした。
 さらに報告書は、中国が台湾海峡での武力紛争に備え「第三国の介入を阻止するか打ち破る」対策を講じているという2013年版になかった記述を冒頭の要旨に挿入し、台湾をめぐる米中の軍事的な緊張関係が一読して分かるようにした。
 
 ●オバマ政権は力の行使になお消極的
 米政府はこのところ、南シナ海のパラセル諸島近くで中国が一方的に石油掘削装置を設置してベトナムと公船同士の衝突を引き起こしたり、東シナ海の公海上で中国軍機が通常の警戒監視飛行中の自衛隊機に繰り返し異常接近したりするなど、両海域で挑発的な行動を取っていることを非難する姿勢を強めている。今回の国防総省報告書の厳しい対中姿勢はその流れに沿ったものだ。
 しかし、オバマ政権が中国の危険極まりない行動をどこまで本気で抑える気があるのかは、実のところ分からない。オバマ大統領は5月28日の米陸軍士官学校卒業式演説で、米国の核心的利益が脅かされるなら単独の軍事力行使も辞さないと言いながら、米国への直接的脅威がなければ軍事行動の敷居は高くなると述べ、海外での力の行使に相変わらず消極的だった。「平和憲法」を奉ずる多くの日本国民は、中国の脅威が増大するのに米国は頼りにならない国際社会の現実に、気づかねばならない時である。(了)