公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

田久保忠衛

【第283回】「人命第一」でテロに対抗できるか

田久保忠衛 / 2015.01.26 (月)


国基研副理事長 田久保忠衛

 

 
 1977年に発生した日本赤軍の日航機ハイジャック事件で、福田赳夫首相は「人命は地球より重い」との迷台詞をはいて600万ドルを支払ったうえに、犯人たちを国際社会に放ってしまった。イスラム過激派組織の「イスラム国」とみられるグループが日本人二人を人質に取った事件はいま進行中だが、「人命第一」を唱える日本中の大合唱は四十年前の状況と全く変わっていないように思われる。

 ●「安倍首相よ、辞任せよ」、と嘯く元官僚
 事件発生時にエルサレムにいた安倍晋三首相が「人命第一に対応する」との第一声を発したあと外遊を短縮して帰国し、まさに不眠不休の陣頭指揮にあたっていることには頭が下がる。が、野党の党首クラスの連中が、事件の発端は安倍首相の対イスラム国支援2億ドルの約束にあるとか、イラク戦争当時の2004年に陸上自衛隊をイラクに派遣したのは欧米と一緒になった十字軍で、その恨みを買ったのではないか、などとわめいているのを聞くと腹が立つ。ましてや、防衛庁内局の元高官で内閣官房副長官補という官僚の最高の地位にいた柳澤協二氏が、「唯一、人質の命を救う手段があるとしたら、イスラム国に対する対決姿勢を表明した安倍首相が辞任することだ」と公言しているのを耳にすると、自分は次元の異なる世界に放り込まれたのではないかと錯覚を起こす。
 犯人グループがイスラム国に属するかどうかはまだ最終的に確認できないが、これまでに、同様の人質、身代金要求、人質殺害を繰り返してきたイスラム国はどのような集団か、日本の政治家、官僚はわかっているのだろうか。初期イスラム時代のカリフを原点とし、イスラム教徒には「純化」を、他教徒には改宗を強要し、従わなければ惨殺するか奴隷にする。昨年6月にイラクに侵入して無差別に繰り広げた殺人のむごたらしさに世界は衝撃を受けたばかりではないか。

 ●人命より尊いものが、この世にはある
 西欧文明そのものを否定するから、国際法は認めない。ヒューマニズムは理解しない。国家ではないから、交渉を反故にしても責任は取らない。彼らは、イスラム国と対決しないと約束すれば、喜んで人質を解放する相手なのか。安倍首相が辞任することが人質解放をもたらす唯一の手段だ、などと口走る元政府高官は日本以外には存在しない。
 民主主義社会という言葉が気に食わなければ、いまわれわれが生活している秩序と言い替えてもいい。それを暴力で破壊しようとする勢力には暴力で立ち向かう以外の選択はない。人命より尊いものがこの世の中にはあるのだ。(了)