公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

木村汎

【第290回】理解し難い鳩山元首相の言動

木村汎 / 2015.03.16 (月)


北海道大学名誉教授 木村汎

 

 鳩山由紀夫元首相は3月11~12日、ロシア政府からビザを取得して、クリミアに入った。日本政府はウクライナのクリミア自治共和国のロシアへの併合を承認していないので、元首相による訪問はわが国の外交的な立場を侵犯する行為に他ならない。しかも、鳩山元首相は滞在中、クリミアが「ウクライナの憲法に則って、民主的、平和裡にロシアへと編入された」ことを力説した。これは、中学生にも許されない国際法の無知、あるいは意図的な誤解と評さねばならない。

 ●クリミア併合称賛の愚
 住民投票という直接民主主義の手立ては、古代ギリシャの都市国家ではいざ知らず、今日では代議制を原則とする間接民主主義を補う形で初めて認められる。実際、ウクライナ憲法第73条は、国境の変更がウクライナ全体の国民投票によって初めて可能になると規定している。だから、昨年3月16日にクリミアの一部親ロ派勢力が強行した住民投票は、憲法違反行為以外の何物でもなかった。
 加えて、その住民投票は軍事的な威圧下で実施された。ロシア黒海艦隊の水兵ばかりでなく、ロシアから送り込まれた「自衛団」と称する覆面の特殊部隊の兵士たち―迷彩服の軍服の色から「緑の人」と綽名(あだな)された―がクリミア半島中を徘徊し、圧力を加えた。総計2万5000人以上のロシア軍兵士が、ウクライナ人(クリミア人口の24%)、クリミア・タタール人(同13%)に対して、自宅にとどまり投票に行かないよう強制した。逆に、ロシア系住民(同58%)は、1人で何枚もの投票用紙を使用するなどの不正行為を公然と行った。

 ●無知か、政治的動機か
 結局、住民投票で「ロシアへの編入」に賛成したのは96.7%と公表されてはいるものの、「ロシア連邦大統領付属の市民社会と人権のための協議会」の調査報告の数字は大幅に異なる。実際投票所に赴いたのは有権者の30~50%、しかもそのうち編入賛成者は50~60%、即ち全有権者の15~30%が編入に賛成したにすぎなかった。
 第3に、プーチン・ロシア大統領によるクリミア併合は、国連憲章、国家主権尊重などをうたった1975年のヘルシンキ宣言、その他、ロシア自身が調印済みの国際条約や協定に明らかに違反する行為だった。これら全ては、武力の脅しや行使を背景とする一方的な国境線の変更を厳禁している。
 一度は日本の首相まで務めた鳩山氏が、以上のように単純明快な国際法の常識に無知とは想像し難い。ならば、このたびの鳩山氏の言動は、無知を装った上での政治的主張なのか、それとも単に自己顕示欲の発露なのか。余人には理解し難い行動である。(了)