武藤正敏前駐韓大使が「日韓対立の真相」という著書を出版した。前大使としては異例なほど率直に韓国の対日姿勢を批判し、注目を集めている。前大使が勇気を持って同書を出したことには敬意を表するが、だからこそ、その議論の欠陥を二つ指摘して、建設的な論争を呼びかけたい。
●韓国「告げ口外交」の背景見落とし
同書で武藤氏は、韓国政府と韓国人を、①客観的事実の積み上げより自分たちの情緒に合う結論を優先する②アタマでなくハートで考える③民間団体である挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会)に政府が振り回されている④朴槿恵大統領は誰が何を言おうと聞く耳をもたない―などと批判した。
第1の欠陥は、朴槿恵大統領の反日「告げ口外交」の背後に、1980年代以降、韓国内の従北派(北朝鮮に従属している勢力)が国内に拡散させた韓国版自虐史観(韓国は親日派がつくった正統性のない国家であるという史観)があることを見逃している点だ。朴槿恵大統領は親日派の代表のように言われる朴正煕元大統領の娘であるため、自身が親日でないことを強調するため、ことさらに反日的な姿勢を打ち出さざるを得ない事情もあるのだ。それを論じずに、韓国人の歴史議論を国民性や大統領の個人的資質と関連づけて批判するのは、レイシズムにつながりかねない危険をはらんでいる。
●日本外交への反省が欠落
武藤氏はまた、日本に関しては朝日新聞の誤報と夕刊紙などの「荒唐無稽な嫌韓報道」を批判しているが、外務省がこの間行ってきた外交について全く反省していない。この点が2番目の欠陥だ。
1992年1月、宮沢喜一首相訪韓の直前に朝日新聞などが「女子挺身隊制度によって朝鮮人女性を強制連行して慰安婦にした」という虚偽を一時的に広めたことは、武藤氏が書いている通りだ。当時、武藤氏は外務省の北東アジア課長だった。訪韓した宮沢首相は盧泰愚大統領に8回も謝罪した。私は同年2月、武藤氏の直属の部下だった北東アジア課の幹部に「宮沢首相は何に謝ったのか。強制連行を認めて謝罪したのか、それとも貧困などの結果、慰安婦として働かざるを得なかった女性らに人道的立場から謝罪したのか。もし後者なら、戦前、吉原などの遊郭に身売りされた日本人女性になぜ謝らないのか」と質問した。答えは「これから調べる」だった。事実関係を調べる前にまず謝ったのだ。
武藤氏は、今後日本は「狭義の強制」(強制連行)はなかったという主張をしないで、挺対協の影響力を排しながら「元慰安婦に対して日本の誠意を示す措置(すでに終了したアジア女性基金を補完するなんらかの方策)を講じ、それを国際社会に知らしめる」ことを提案している。私はその提案に反対だ。まずなすべきことは国際社会に対して、業者による人身取引で女性の人権が侵害されたことに遺憾の意を示しつつ、軍や官憲による慰安婦強制連行はなかったことを広報することだ。事実に基づく丁寧な反論こそが今求められている。(了)