日本の学会、シンクタンク、新聞社などのマスメディアで専門家が尊重されるのは大いに結構だが、地域や国家を中心に深い研究を進めるうちに前後左右の見配りが不足してきたのではないかと思われる例が少なくない。中国が南シナ海に人工島をつくっているとなると「南シナ海」ブームがわき、東シナ海にプラットホームを構築したとのニュースが伝わると「東シナ海」騒ぎが発生する。中国は2012年の共産党大会での政治報告で明記した「海洋強国の建設」をすべての海域で着実に推進しているのであって、既成事実だけは情け容赦なく積み上げられていく。
●中国海軍のプレゼンスとインドのマスメディアの反応
インド洋で中国はいわゆる真珠の首飾りと称される海軍の拠点をシットウェー(ミャンマー)、チッタゴン(バングラデシュ)、ハンバントータ(スリランカ)、グアダール(パキスタン)の各港に築き上げてしまった。この拠点はアラビア海、紅海、地中海を通って陸のシルクロードと合流する「一帯一路」の一路に相当する。インド洋における中国海軍のプレゼンスにインドのマスメディアは神経質になっている。当研究所と馴染みの深いインドの地政学者ブラーマ・チェラニー氏は6月24日付のジャパン・タイムズ紙に「中国のインド洋戦略」と題する重みのある一文を書いた。冒頭で同氏は、最近スリランカのコロンボ港に中国海軍の潜水艦二隻がドッグ入りし、パキスタンのカラチ港に元級潜水艦一隻が入港したと書いている。
すでに公表されているニュースだが、中国はミャンマー南部のチャウピュー港に中東から石油を運び込み、そこから重慶まで約2400キロに及ぶパイプラインを開設した。マラッカ海峡経由のリスクをなるべく減らそうとの戦略的配慮は、グアダール港から新疆ウイグル自治区をつなぐ約3000キロの「経済回廊」に450億ドル(約5兆3000億円)の投融資を行うという習近平主席の発表で明らかだろう。ただし、中国にとってのリスクは、ほぼ慢性化したパキスタンの政情不安だ。習主席は4月にイスラマバードを訪れ、中パ関係の一層の強化を確認し、米軍撤退後を見据えて、パキスタンの支援を受ける武装勢力タリバンとアフガニスタン政府間の和解をはかろうと懸命になっている。
●日本の国会論戦は何を恐れているのか
奇妙なのは日本の国会論戦で「中国の脅威」を口にする向きは安倍晋三首相のほか少数の与党議員だけだ。何かを恐れているのだろうが、野党に至っては脅威の認識もない。一党独裁とはいえ、50年100年後を考えた中国の戦略眼は天晴れと言うしかない。(了)