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大岩雄次郎

【第325回】アベノミクスの本質に立ち返れ―社会保障改革とデフレ意識

大岩雄次郎 / 2015.09.07 (月)


国基研企画委員・東京国際大学教授 大岩雄次郎

 

 アベノミクスの本質は、グローバル経済化や少子高齢化等による経済・社会環境の急速な変化に対応して、日本経済の潜在成長力を高める構造改革の実現である。にもかかわらず、金融緩和による2%の物価上昇を巡る目先の論議の攻防に終始している。金融や財政に依存しない持続的な経済成長の実現には、まず将来不安の払拭に繋がる社会保障制度の抜本改革を一日も早く断行すべきである。

 ●借金で賄われる社会保障がデフレ意識の元凶
 平成28年度予算の概算要求とはいえ、一般会計の総額は過去最大の102兆4千億円で2年連続で100兆円の大台を突破し、国の借金返済に充てる国債費や医療・年金などの社会保障関係費も過去最大となった。これは高齢化に伴い持続的に増える社会保障費を低迷する賃金に比例する社会保険料と税だけでは十分に賄えず、その差を埋める一般会計からの補助金が年々増加しているからである。
 平成27年度予算の場合、社会保障関係費の総額が31.5兆円であるのに対して、消費税の税収は17.1兆円に過ぎず、社会保障の主な財源が税というには程遠い状況にある。歳出のうち借金の部分のみを特定はできないが、社会保障関係費として一般会計から支出されているうちのかなりの部分は、赤字国債の発行(将来世代への借金)によるものである。つまり、この不健全で、危うい社会保障制度こそが、デフレ意識の元凶である。

 ●公平な社会保障改革と持続的な賃金上昇の実現を
 政府は、『平成27年度 年次経済財政報告』で「デフレ脱却」を宣言したが、ほぼ20 年もの長期間にわたり浸透した構造的なデフレ意識は、社会保障に関連した負担増によって形成された面が大きく、短期的な需要刺激策だけでは容易に解消できない。
 最近の社会保障関連の負担増は、①介護保険の自己負担割合の1割から2割への引き上げ、②年金支給額の特例水準の解消による減額、③厚生年金の報酬比例部分の段階的支給開始年齢の引き上げ、④現役世帯の国民年金・厚生年金保険料の毎年の引き上げなどが挙げられる。2007年以降、これらは社会保険料の見えない負担増として家計収支を圧迫している。この傾向は一時的なものではなく、高齢化に伴う永続的な問題であるという根深い認識を醸成しているため、その解消には時間がかかる。だからこそ一日でも早く、持続的な賃金上昇と構造改革に立脚する成長戦略によりデフレ意識の改善を図る必要がある。
 しかし政府は、甘い見通しに立つ成長路線に舵を切り、またも問題の先送りを図った。また経営者には収益好調も、いまだデフレ意識が残り、設備投資、賃上げに消極的で、労働分配率は低下を続けている。世界35か国のうち日本企業の総資産に占める現預金の比率は16%で、米国4.4%、英国6.2%、ドイツ5.6%、フランス8.5%と比較して際立って高い(『企業の内部留保をめぐる議論』国会図書館「調査と情報」第836号)。企業は、必要以上の現預金等を保有せず適切な投資や労働生産性の上昇に見合う賃上げに努めるべきである。さらに、社会保障支出の過剰な支出の削減や効率化によって、逆進性の強い社会保険料負担の軽減を図り、経済成長や国民生活の質の向上を図るべきである。(了)