日本人に国際情勢の分析で大局観に欠ける傾向があるのは、戦後も変わらない。だからこそ安倍晋三首相は機会あるごとに「地球を俯瞰する外交」を口にしているのだろう。
今の国際社会におけるトラブルはオバマ米大統領の不作為に原因があると断定しておこう。それがシリアの内戦につながり、「イスラム国」(IS)を生んだ。弱腰のオバマ政権はイラクに軍事顧問を送り、有志連合の一員として空からISの拠点を爆撃しただけだ。それに付け込むように、ロシアはISを攻撃すると称して、シリアのアサド政権と戦う反体制派をたたく軍事介入を行うに至った。アジアに目を転じても、南シナ海、東シナ海における中国の目に余る現状変更は、戦いに巻き込まれたくないオバマ政権の弱みに付け込んだと言える。
●中東に広がるロシアの影響力
特にロシアは9月30日に爆撃を開始し、10月7日にはカスピ海から巡航ミサイル26発を1500キロ離れたシリアのアレッポやラッカなど反体制派の拠点に向けて発射した。中東諸国に対する軍事的デモンストレーションの効果はあった。米国の影響下にあると思われたイラクでは、国内のISを追い払うためロシアに軍事介入を要請するかもしれないなどと首相が言い始めた。米国と核合意に達し、関係が改善されたはずのイランはロシアの新しい軍事行動に賛意を表し、アサド政権への軍事、経済支援をさらに増大している。
ロシア、イラン、イラク、シリア、ヒズボラ(レバノンの武装勢力)の間の固い同盟関係が形成された。国土の3分の1を実効支配しているだけのアサド大統領は、ロシアの支えがなければ政権維持が難しい。プーチン大統領は「アサド後」をにらんでタルトス、ラタキアの両拠点を確保し、傀儡政権を樹立しようと企んでいるに違いない。
●難民殺到で苦悩する欧州
シリアの人口は2300万人で、うち760万人は国内避難民、400万人はトルコやレバノンなど近隣諸国で難民生活を送っている人々だ。内乱での死者は20万人から25万人と推定されている。難民はアサド政権の弱体化、ロシアの軍事介入によって欧州、特にドイツに殺到している。
移民問題で頭を悩ませているドイツをはじめとする欧州諸国は、さらに難民という民族の大移動にどう対応するか。文化摩擦への対処のほか、巨額の費用をいかに捻出するか。ただでさえ低迷気味の欧州経済に及ぼす影響は小さくない。オバマ政権が世界の警察官の役を放棄した罪の大きさは計り知れない。(了)