公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

湯浅博

【第354回・特別版】東シナ海の隙を突く中国

湯浅博 / 2016.02.01 (月)


国基研企画委員・産経新聞特別記者 湯浅博

 

 世界の目が中国による南シナ海の「独り占め」戦術に注がれている隙に、東シナ海の尖閣諸島周辺で中国公船がプレゼンスを高めている。中国人民解放軍が採用する孫子の兵法「虚実篇」は、相手の目をくらまして戦うことを旨とするから、日本は油断なく備えを固めるべきである。2014年以降、安倍晋三首相と習近平国家主席が首脳会談を重ね、日中関係が好転しつつあるときこそ、かえって隙を突かれやすい。

 ●米研究者が警告の論文
 中国は、南シナ海のスプラトリー(南沙)諸島で岩礁を埋め立てた人工島を軍事拠点にしつつある。習主席は米中首脳会談で「南シナ海の島々は古代から中国の領土だった」と虚構の議論を改めて展開し、米国の関与を拒否した。対抗してオバマ米政権は、昨年10月にイージス駆逐艦を人工島の周辺海域に派遣し、1月末には南シナ海のパラセル(西沙)諸島にもイージス艦を送ったが、「航行の自由」作戦は二の矢、三の矢がまだ弱い。
 中国の陽動作戦は巧みである。世界が南シナ海に目を向けているうちに、東シナ海の尖閣周辺では、機関砲を搭載した中国公船を日本領海に侵入させた。しかも、侵入公船は中国海軍のフリゲート艦を偽装している疑いが消えない。
 国家基本問題研究所と交流のある米国ハドソン研究所のアーサー・ハーマン上席研究員とルイス・リビー上席副所長は1月下旬、米紙ウォールストリート・ジャーナルへの論稿で、「中国は世界の目を一つの地域に向けさせながら、他の地域で策略を進めるのを得意とする」と的確に警告していた。
 ハーマン氏らは「中国は対話と威嚇を織り交ぜる」として、2014年と2015年にも習主席がインド高官と会談している最中に、中国軍がインド国境の紛争地域に部隊を送った事実を挙げて注意を喚起する。
 まして、中国の経済危機が深刻化する中で、指導部は不満の矛先を外に向ける拡張主義の誘惑にかられやすい。東シナ海で起こり得るシナリオは、政治目的を達成するための短期決戦であるとハーマン氏らは警告する。

 ●政局にうつつを抜かす民主党
 くしくも米軍に近いランド研究所も最近、尖閣諸島を舞台としたシミュレーションを外交誌フォーリンポリシーに発表し、「中国が5日間で勝利する」との分析を公表した。前提にやや疑問はあるが、最悪のパターンを提示している以上、無視はできない。日本は新たな安保法制に穴はないかの点検を緩めず、日米同盟の紐帯の確認を怠るべきではない。
 こうした米国安全保障専門家の警鐘に加え、米太平洋軍のハリス司令官はワシントンの講演で「中国の攻撃を受ければ、米国は間違いなく日本を防衛する」と改めて表明して、中国を牽制した。
 問題は当の日本政府および野党の安全保障問題への感覚の鈍さである。とりわけ野党第1党の民主党は、太平楽を決め込んで国内政局にうつつを抜かしており、とても日本国の繁栄と安全を擁護する責任政党とは言えない。(了)