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【第360回・特別版】「1ミリシーベルト」の呪縛を解け

中川恵一 / 2016.02.25 (木)


東京大学医学部附属病院放射線科准教授 中川恵一

 

 丸川珠代環境相は2月7日、長野県松本市での講演で、東京電力福島第一原子力発電所事故後の除染目標について、「何の科学的根拠もなく、時の環境相が1ミリシーベルトまで下げると急に言った」などと発言した。しかし、12日夜、緊急の記者会見を開き、発言を撤回し、原発事故被災者に「心からおわび申し上げる」と謝罪した。
 丸川環境相を含め、「年間1ミリシーベルト以下」について正しく理解している日本人は少ないかもしれない。確かに国際放射線防護委員会(ICRP)は、不要な被ばくをできるだけ少なくすべきであるとの考え方に基づき、一般市民が平常時に受ける放射線については、年間1ミリシーベルトを「線量限度」としている。日本でもその勧告を法令に取り入れているが、年間1ミリシーベルトは、自然被ばくと医療被ばくを除いた、原発などから受ける「追加分」なのだ。
 
 ●日本人の被ばく許容量は7ミリ
 わが国の自然被ばくは、ウラン鉱石などの資源が乏しいこともあり、世界平均より少ない年2.1ミリシーベルトだが、資源が豊富なフィンランドでは8ミリ、スウェーデンでも7ミリシーベルトになる。もちろん、北欧にがんが多いというデータは存在しない。
 また、日本の医療被ばくは世界一で、年間3.9ミリシーベルトだ。日本の医療被ばくが多いのは、日本人がいつでもどこでも安い費用で医学検査を受けられるからだ。実際、日本人が医療機関で受診する回数は、米国の3倍で断トツの1位だ。世界が垂涎するわが国の国民皆保険制度が医療被ばくを高めていると言える。
 自然被ばくが2.1ミリ、医療被ばくが3.9ミリだから、私たち日本人は年間6ミリシーベルト程度の放射線被ばくをしている。「年間1ミリシーベルト以下」は、自然被ばくと医療被ばくを除くものだから、平均的な日本人の場合、6ミリ+1ミリ=7ミリシーベルトまで許容されることになる。追加被ばくの1ミリには特段の意味はないし、1ミリにこだわりすぎると、今の福島のように大量の避難者を出してしまう。

 ●避難ががん患者を増やす
 避難者の追加被ばく量は最大でも3ミリシーベルト程度だから、それによってがんが増えることはない(受動喫煙、野菜不足でも100ミリシーベルトの被ばくに相当する)。しかし、5年に及ぶ避難は生活習慣を悪化させるので、糖尿病、うつ病などが増えている。そして、糖尿病は発がんを2割も増やすから、発がんを避けるための避難によって、がんが増えるという皮肉な結末が待っている。「1ミリシーベルト」の呪縛からの解放がなにより必要である。(了)