6月15日、中国軍艦が鹿児島県口永良部島周辺のわが国領海(トカラ海峡)内を通航した。ここは領海で覆われた海域で、そこを中国海軍のドンディアオ級情報収集艦が南東方向へ抜けたのである。海上自衛隊のP-3C哨戒機が発見、追尾し、警告したにもかかわらず、情報収集艦は約2時間半にわたり領海内を通航した。9日に尖閣諸島の領海外側の接続水域を中国海軍のフリゲート艦が航行した矢先の出来事である。
●通航権に疑問
ここで、国連海洋法条約の通航制度を整理してみたい。通航する海域が公海であれば、船舶は公海自由の原則に基づく「航行の自由」を享受し(第87条)、それが沿岸国の領海であれば、「無害通航」(第17条)あるいは「通過通航」(第38条)の制度が適用され得る。
無害通航は、航行の形態が継続的かつ迅速で無害(平和、秩序、安全を害しないこと)であれば認められる。通過通航は、国際航行に使用されている海峡(国際海峡)で、領海で覆われた部分に発生する権利であり、それが通常の航行形態であれば認められる。
平たく言えば、無害通航では、他国の領海内であるから軍事演習や情報活動(第19条第2項)が禁止され、通過通航では、領海内であっても艦載ヘリコプターは飛行できるし、潜水艦は潜航してもよい。
中国国防省は情報収集艦のトカラ海峡通航について、「中国軍艦の領海通過は国連海洋法条約が規定する航行の自由の原則に適合する」との談話を発表した。国防省は領海内の無害通航を念頭に置いているように受け取れる。しかし、今回のような情報収集艦の迅速でない通航が第19条第2項に違反せず、全く無害だという合理的な説明は中国側から行われていない。
一方、中国外務省報道官は「この海峡は国際航行に使用され、各国の艦船には通航権があり、事前の通知や許可が必要ない」と述べた。これは国際海峡の通過通航を想定していると読める。しかし、現在、わが国の国際海峡(宗谷、津軽、対馬東、対馬西、大隅の5海峡)は領海幅を抑えて中央に公海部分を残したため、通過通航の制度は適用されていない。また、外国が通過通航の制度の適用を主張できる海峡の存在をわが国は認めていない。
従って、いずれにしても中国側の一方的な説明には疑問が残る。
●身勝手な二重基準
さて、中国は領海や接続水域よりはるかに広大な排他的経済水域においても自国の安全保障の利益を主張し、航行の自由という国際法の原則を独自に解釈して、その解釈を他国に押し付けている。また、中国の領海では事前の許可のない無害通航を外国軍艦に決して認めない。他方、外国の領海内では航行の自由を平然と主張し、中国軍艦は無害通航の名の下で軍事活動の実績を積み上げる。
まさに、いいとこ取りのダブルスタンダードではないか。これに対して抗議するのみでは、中国の実績づくりは終わらないだろう。法治を標榜するわが国の厳しい対応が、いま求められている。(了)