トランプ次期米大統領はジェームズ・マティス元海兵隊大将を国防長官に指名した。彼を良く知る人物はマティス大将を「完全な学者戦士」と評しており、行動・実行力に富むだけでなく知的な将軍であるらしい。しかし、彼は主要配置として米中央軍、米統合戦力軍、北大西洋条約機構(NATO)変革連合軍等の司令官を務め、アジア太平洋地域での経験は中尉時代に沖縄に勤務した程度である。
既に指名されている大統領補佐官(国家安全保障担当)のマイケル・フリン元陸軍中将は国防情報局長官時代に、放置すればイスラム過激組織「イスラム国」がイラクに勢力を伸ばすとオバマ政権に警告したが無視され、本来家族ともども民主党支持者であったがトランプ陣営に走った。退官後、ロシアを訪問して人脈を形成しているが、アジア太平洋での主要ポストは経験していない。
中央情報局(CIA)長官に指名されたマイク・ポンペオ氏は米陸軍士官学校の卒業生である。上記三者の共通点は、陸上戦闘志向であるとともにアジア太平洋地域に関する経験が少ないことである。
●対中戦闘構想の行方は?
季刊の米統合軍機関紙最新号の巻頭言で、現統合参謀本部議長のジョゼフ・ダンフォード海兵隊大将は米国の潜在的競争相手としてロシア、中国、イラン、北朝鮮、非国家過激組織の順番で記載していた。
日本の立場からは、対中戦闘ドクトリンとして2010年2月に打ち出されたエア・シー・バトル構想が今後どうなってしまうのか不安だ。また、米国の安全保障上の関心が中東(あるいはロシア)に移ってしまうのではないかという懸念もある。
エア・シー・バトルに関しては2013年5月に国防総省内に検討室(エア・シー・バトル室)が設けられたものの、2015年1月には「国際公共財におけるアクセスと機動のための統合構想」として所管が統合参謀本部の第7室に移され、検討室は閉じられてしまった。
陸軍出身のマイケル・フリン氏も海空軍主導のエア・シー・バトルには批判的な立場であり、陸軍、海兵隊、特殊部隊はエア・シー・バトル室に対抗して戦略ランドパワー室設立を提唱していた。
●アジアへの関心低下も
2001年の同時多発テロを機に米国の安全保障の関心は中東に移り、その間隙を縫った中国に東アジアでの勢力伸長を許してしまった。その反省から米国は2011年末にアジア重視のリバランス(再均衡)政策を取ったのに、それが再び中東重視の安全保障政策になりはしないか。また、日本として中東への応分の負担を求められたらどうするのであろうか。さらに抱く懸念は、トランプ政権が目指す海軍350隻体制を具現化する旗振り役が新政権の安全保障関係高官の中に見当たらないことである。
米国が経済面で環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)から離脱すると共に、安全保障面でもアジアへのリバランス政策を弱めれば、中国がほくそ笑む時代になるような気がしてならない。これが単なる杞憂なら良いがと念じている。(了)