公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

湯浅博

【第414回】時の運なく「領土」届かず

湯浅博 / 2016.12.19 (月)


国基研企画委員・産経新聞特別記者 湯浅博

 

 なんといっても、安倍晋三首相とプーチン大統領の日露首脳会談は、日本にとって最悪のタイミングで行われた。「プレス向け声明」のどこを見ても、北方4島にかかわる「領土」も「国境」という記述がない。共同経済活動が最大の成果というのなら、ロシアのプーチン大統領の笑い声が聞こえてきそうだ。

 ●安倍首相の目論見は雲散霧消!
 安倍首相にとってプーチン政権は、独裁的な政治権力であり、経済悪化で支援を求め、米国が必ずしも否定的でない―という好条件があるように見えた。しかし、プーチン氏の素顔は、南隣のジョージアへ侵攻し、西隣のウクライナからクリミア半島を併合した拡張主義者である。果たしてこの政権が、東隣の北方4島を譲り渡すということがあるのか。米国には11月の大統領選挙で親露派のトランプ氏が当選し、ロシアにとっては日本に譲歩する理由が低下した。これらを追い風にプーチン氏は、今回の首脳会談前から「領土問題は存在しない」とハードルを上げたのだ。
 安倍首相が故郷の山口県長門市にプーチン大統領を迎えたその日に、ロシアが介入するシリア反政府勢力の拠点アレッポが陥落した。「大国の興亡」にかかわる主戦場を凝視するプーチン氏にとって、対日外交の優先度は一気に低下しただろう。果たして長門湯本温泉に現れたプーチン氏は、まるで凱旋将軍のようだった。ロシアとイランがここで決着をつけたのは、トランプ次期政権が発足する前に、既成事実を作りあげるためだろう。アレッポへの人道支援を訴える国連安保理決議さえ、ロシアと中国の拒否権で否決されたばかりだ。
 この時点で、温泉につかりながら腹を割って話し合うという安倍首相の目論見は雲散霧消した。相手はグローバル・パワーに復帰した戦時の大統領であり、滞在中もラブロフ外相に次々と指示を出していた。中東での懸念材料がなくなれば、あとはじっくりとジャパンマネーを引き出す算段を考えるだろう。

 ●交渉事は焦った方が不利なのに
 首相官邸で2日目の会談がはじまると、今度は欧州連合(EU)が対露経済制裁の継続を決めたとの情報が飛び込んできた。総額3000億円規模の対露経済協力を合意した日本は、それらに背を向けてしまったことになる。北方領土という国益のためであると釈明しようにも、「プレス向け声明」には、肝心の「4島帰属」も、従来から交渉で積み上げた「すべての諸文書・諸合意に基づく」という文言もない。あるのは、4島で共同経済活動の「協議を開始する」という抽象表現だけだった。
 ロシア経済はいまだ、通貨ルーブル安、原油安、経済制裁、そして戦費増の4重苦にあえぎ、なお年ごとに悪化している。日本はプーチン政権の拡張主義を見極めながら、性急な経済支援を遅らせることができる。交渉事は焦った方が不利になるからである。(了)