公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

矢板明夫

【第442回】「邦人救出」を対中外交の優先課題に

矢板明夫 / 2017.05.29 (月)


産経新聞外信部次長 矢板明夫

 

 中国で温泉探査などの地質調査を行うために3月に訪中した千葉県の地質調査会社の社員ら日本人男性6人が、スパイ容疑などで中国治安当局に拘束されたことが明らかになった。2015年以降、中国で「国家安全危害罪」などで拘束された日本人は計11人になった。異常な状態である。
 拘束された日本人の中には、中小企業の会社員、日本語教師、パチンコ店のアルバイト、中国の砂漠で植林プロジェクトを推進する「日中友好人士」などが含まれている。いずれも専門的なトレーニングを受けた情報分野のプロではない。同時に、中国の国家機密を探れる社会的立場にもない。そもそも日本の情報機関は、国内の過激派の動きを監視することを仕事の中心にしており、海外に工作員を送る法的根拠もなければ予算もない。11人全員がえん罪である可能性は極めて高い。

 ●欧米は自国民救出に全力
 しかし、そのうち4人は既に起訴され、早ければ年内にも判決が下される。これまでの例では「外国人スパイ」が10年前後の懲役刑を科されたことがある。
 習近平政権発足後、中国国内で活動する外国人をスパイ容疑で逮捕することが急増している。官製メディアを通じて「事件」を国内で大きく報道し、当局が実施する愛国主義教育と併せて、外国の危険性を強調し、政権の求心力向上に利用している側面があると指摘されている。
 日本人だけではなく、米国人、カナダ人、オーストラリア人も近年、スパイとして中国当局に拘束されたことがある。しかし、欧米諸国の場合は、外交交渉を通じて自国民を「救出」するケースが多い。2014年夏、中朝国境付近の丹東市でコーヒーショップを経営するカナダ人男性が「軍事情報を盗んだ」として拘束された。カナダ政府はすぐに男性の釈放を最重要課題と位置づけ、粘り強い対中交渉を始めた。2016年9月、中国の李克強首相がカナダを訪問する直前、男性は釈放された。また、2015年4月、広東省で拘束された米国人女性実業家も米政府の外交努力によって2年後に救出された。

 ●日本政府は差し入れに重点
 しかし、日本政府は諸外国と比べて、中国で拘束された日本人への対応は冷たいと言わざるを得ない。日本大使館は定期的に領事による面会を行っているが、カップラーメンや雑誌の差し入れなど生活面のサポートがほとんどだという。日本政府がこの問題で中国に抗議し、早期釈放を求める交渉をした事実は確認されていない。このまま何もしなければ、11人の日本人は中国で長い刑務所生活を送る可能性が高い。
 「日本政府の邦人を守る意識が低い」と指摘されて久しい。自主外交を長年してこなかった経験のなさも関係しているが、中国に物が言えないという外務省の悪弊をいまだに引きずっていることも原因だと指摘される。
 李克強首相は、日中韓首脳会議のため年内に訪日する可能性があると伝えられている。中国側との事前交渉でぜひ「邦人救出」を最重要外交課題にしてもらいたいと考える。(了)