公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

湯浅博

【第497回】難航する中華帝国のプロジェクト

湯浅博 / 2018.02.19 (月)


国基研企画委員 湯浅博

 

 中国の習近平政権による現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」(BRI)が東南アジアから南西アジアにかけて難航している。中国は相互利益を強調するが、実態は「略奪経済」ではないかという疑いが広がっているからだ。
 BRIは、陸のシルクロードである「帯」と、海のシルクロードである「路」の二つの経済圏を築き、これを一体化して、米国を凌駕するような超大国を目指す中国の夢の実現である。かつてヨーロッパ帝国主義が、アヘンという毒を使って東方に砲艦外交を展開したように、中国は逆に西方へインフラ投資や製品輸出の羽を広げている。同じ拡張主義でも、中国が使うのは19世紀の麻薬アヘンではなく、21世紀の巨額債務という「毒」なのである。

 ●相次ぐ建設計画挫折
 中国の準同盟国扱いのパキスタンでさえ、最近、インダス川上流のダムと水力発電の計画で、中国から総額140億ドルの資金援助と建設を断っている。完成後のダムの所有権と運営権を中国に譲渡する条件付きだから、事実上の乗っ取りのように映った。同様にネパールでは、総額25億ドルの水力発電所建設が延期された。
 ミャンマーでも、中国の支援で始まった総額35億ドルのダムと水力発電所の建設が、住民の反対で中断した。このほか、バングラデシュの港もインドネシアの高速鉄道と同じように建設が進まない。多くのケースは、債務返済ができないときの召し上げが、反中ナショナリズムに火をつけているようだ。
 BRIに群がっていた途上国が対中警戒心を抱き始めたのは、2017年末にスリランカの要衝ハンバントタ港が中国に引き渡された前後からだった。かつて大英帝国が香港の新界地区を99年にわたって租借したのと同じように、中国が港を11億2000万ドル(約1240億円)で99年賃借する契約を結んでいた。
 はじめに中国がインフラ建設の資金を最高6.3%の高利で貸し付け、対象国が返済できなくなると、戦略的な価値をもつ当該国の港を召し上げる。そこにBRIをかぶせると、あたかも共存共栄に思えるが、実態は借金のカタ(抵当)なのである。

 ●欧州・アフリカにも触手
 インド太平洋だけでなく、すでに地中海でも、資金繰りに苦しむギリシャが、債務危機から脱出するためにピレウス港を民営化し、その過半を中国の国営企業に売却している。中国はその要衝を押さえ、BRIが欧州へ延びる足掛かりにする。米軍基地や自衛隊活動拠点のあるアフリカのジブチにも、中国は数十億ドルを貸し付けた後に初の海外基地を造った。債務危機に陥っていたジブチは、年間2000万ドルで中国に用地を貸すしかなかった。
 BRIは昨年秋の中国共産党大会で習近平主席が行った演説に盛り込まれているから、失敗するわけにはいかない。最近の中国の対日接近も、日本をBRIに引き込んで信用力を利用する狙いがある。トランプ政権の国防戦略がそうした中国モデルを略奪経済と批判しており、ようやく米欧がそれと気づき始めた。(了)