公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

矢板明夫

【第499回】時代錯誤の中国憲法改正

矢板明夫 / 2018.03.05 (月)


産経新聞外信部次長 矢板明夫

 

 1913年10月に中華民国の大総統に就任した袁世凱は、自身の権力強化を図るため、皇帝になりたいと考え始めた。その意向を周辺に漏らすると、官製メディアはすぐに「中国には皇帝が必要だ」という世論作りを開始した。全国各地から「袁の即位」を求める陳情団が北京に殺到。1915年12月、参政院(国会)が満場一致で袁を皇帝に推戴したことを受け、袁は1916年に国名を中華帝国と改め、自らはその皇帝であることを宣言した。
 しかし、帝政復活を求める世論は、あくまでも袁の側近たちが作った虚像で、本当の民意ではなかった。時代に逆行する帝政復活に国民は強く反発し、北京の学生らを中心に各地で抗議デモが頻発し、地方の軍閥たちも「共和制支持」を口実に反旗を翻した。国際社会からも厳しい批判が寄せられたため、袁はわずか83日で退位に追い込まれた。
 中国の歴史家たちは、自らの野心のため国を私物化しようとした袁を「国を盗み取る大泥棒」などと批判し、厳しい評価を下している。

 ● 袁世凱2世
 そしていま、中国の習近平国家主席は、北京の改革派知識人の間で「袁2世」と呼ばれている。3月5日開幕した全国人民代表大会(全人代=国会)に提出された憲法改正案がその理由だ。
 同改正案では、現憲法にある2期10年という国家主席の任期制限をなくし、同一人物が死ぬまで国家元首であり続けることが可能になる内容が盛り込まれている。権力の座を降りたくない習氏個人のための憲法改正であり、袁世凱と同じく、「皇帝になろうとしている」と批判されている。
 インターネットには「日本の天皇も生前退位を検討しているのに、終身制を復活させることは大きな時代錯誤だ」といった批判が多く寄せられている。検閲官による批判意見削除が追いつかず、新浪、百度といった大手ポータルサイトは憲法改正関連ニュースの下の書き込み欄をなくすなどして対応しているのが現状だ。

 ●民心失う習主席
 「憲法改正案は全会一致で可決されるかもしれないが、心の底から支持する党幹部は少ないはずだ。反対票を投じない理由は、100年前に袁世凱の即位を支持した人たちと同じ、報復が怖いからだ」と北京の共産党古参幹部が指摘した。その上で、「今回の憲法改正案で習氏はますます民心を失った」と言った。
 いま、日本の政治家や評論家の中に、習近平を「強権政治家」と持ち上げ、なりふり構わず権力を集中させようとする習氏と「いい関係を構築すべきだ」と主張する人は少なくない。
 しかし、国を私物化する時代錯誤の〝独裁者〟と仲良くすることは、長い目で見て本当に日本の国益につながるだろうか。(了)