トランプ米大統領は8日、鉄鋼とアルミニウムの輸入制限を発動する文書に署名した。同じ日、米国を除く環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)加盟11カ国が、本年度中の発効を目指して新協定に署名した。
指導力を発揮すべき超大国が身勝手な行動に走れば、世界の安定は脅かされる。米国は責任の重さを自覚すべきである。同時に、日本を含めて主要国は、輸入制限の自国への適用除外を求める交渉ばかりに腐心するような目先の行動は慎むべきである。
国際的な枠組みを軽視し、自国の利益のみに目を奪われ、大義を見失うようなことがあれば、ますます自由貿易経済の衰退を招くのみならず、鉄鋼の過剰生産問題の根源である中国が漁夫の利を得るだけである。
●鉄鋼業衰退は国内問題
米国の鉄鋼生産は1950年代に世界の粗鋼生産の約50%弱を占めていたが、70年代には技術的優位性は失われ、2017年には5%弱にまで低下している。鉄鋼業界はその原因が安価な外国製品の流入にあるとして、政府は60年代中頃から様々な輸入制限措置を繰り返し実施してきた。2002年に発動されたセーフガード(緊急輸入制限措置)は、世界貿易機関(WTO)協定違反の裁定を受け、翌年撤回された。むしろ、輸入制限の下で鉄鋼業は衰退してきた。
米鉄鋼業の国際競争力の低下原因は全産業の平均を大きく上回る高コスト構造にあったが、輸入制限により問題を先送りしてきた。トランプ大統領が輸入制限の理由とした中西部の中間層の賃金低下や失業は、オートメーションやロボットといった技術革新の変化に国内産業の構造調整が遅れたことに起因している。
●TPP核に自由貿易広げよ
今回の輸入制限措置は、自由な資本主義国として本来米国と同一歩調をとるべき欧州諸国や日本までも貿易分野で敵対関係に追い込む危険があるだけでなく、中国などが同様に安全保障を理由に輸入制限に踏み切る口実を与えかねない。1930年の米国のスムート・ホーリー法を挙げるまでもなく、貿易戦争は当事国も含めて誰の利益にもならないことを思い起こすべきである。
トランプ政権は、中国の過剰生産と安値輸出を背景とした鉄鋼やアルミ製品の輸入増加が米国の安全保障上の脅威になっており、国防のために国内企業の稼働率を上げる必要があると主張する。したがって、中国を標的にしているのは明らかであるが、輸入制限では政府補助の慣行やダンピングの問題を根本的に解決できないことは、過去の同様の措置の結果が示している。
TPPを核に、世界規模で多国間の自由貿易協定の拡大を図り、中国政府が国営企業改革をせざるを得ないように追い込む必要がある。
そのためにも、日本は安易な輸入制限措置に頼ることなく、米国の保護主義的な動きには、WTO上の権利に基づき強く抗議していくことが重要である。(了)