公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

湯浅博

【第508回】自由世界が直面する危険な世界

湯浅博 / 2018.04.16 (月)


国基研企画委員 湯浅博

 

 米英仏による今回のシリア攻撃は、世界への関与にうんざりしていた米国が「自由世界の戦略本部」として踏みとどまった証しではないか。この攻撃で、シリアを支援するロシアを直接的に抑止し、中国と北朝鮮を間接的に牽制した。国際秩序は今、これら独裁色の強い権威主義的政権からの挑戦を受けている。しかも、いくつかの危機は、米国に不都合な時期に同時発生する複雑さだ。

 ●米のシリア攻撃、中朝を牽制
 シリアのアサド政権が自国民に化学兵器を使用した「人道に対する罪」を、米国が放置するか否かは、すべての独裁政権とその圧力を受けている国々の最大関心事であった。とくに東アジアでは、核ミサイル開発を進める北朝鮮、南シナ海の人工島を軍事基地化する中国、そして国の安全を脅かされている日本、台湾、その他の沿岸国は固唾をのんで見守っていた。
 オバマ前米政権は5年前に、アサド政権に対する軍事行動に二の足を踏み、「化学兵器を廃棄させる」と持ち掛けたロシアのプーチン大統領の甘言に乗って攻撃を回避した。この時の弱腰が、米国の衰退ぶりを世界に印象づけた。米国の弱さは、独裁国家の勝手な振る舞いを助長する。
 ちょうど1年前、アサド政権がやはり化学兵器を使用した際に、トランプ大統領は59発の巡航ミサイルを見舞って、別荘マル・ア・ラーゴで首脳会談中の習近平中国国家主席にメッセージを伝えた。この軍事行動によりアサド政権の暴走を抑え、核ミサイル開発を続ける北朝鮮には、開発阻止に真剣に取り組む決意を示した。

 ●要注意の台湾海峡情勢
 トランプ政権が今回のシリア攻撃を決断する前後に、東アジアでは中国が米国に「不都合な動き」を見せていた。軍事拠点化を進める南シナ海で12日、習主席が史上最大の観艦式に出席していた。同じ日、人民解放軍が台湾海峡で18日から実弾射撃演習を行うため、海峡の一部を航行禁止にすることを明らかにした。この演習が、米国のシリア攻撃の決定と「関係あり」とする見方を否定することはできない。王毅中国外相はすでに、ロシアと「全面的な戦略パートナーとして、国際情勢が複雑になればなるほど協力を強化する必要がある」と、米国を牽制していた。
 中国が予定する大規模演習は、台湾政策を修正する米国を揺さぶる決意の表れである。米議会が米台高官の相互訪問を促す「台湾旅行法」を成立させ、米海軍艦船を台湾に寄港させることなどへの反発である。したがってトランプ政権は、化学兵器使用というシリアの無謀に対しては、断固として制裁攻撃をせざるを得ないが、同時に台湾海峡での不測の事態に備えなければならない。
 トランプ政権が選んだのは、英仏との限定的なシリア攻撃というギリギリの選択であった。電撃的な攻撃で化学兵器関連施設を叩き、急いで台湾海峡を注視することで中国の冒険的な軍事行動を抑止する。中国の挑戦と北朝鮮情勢の急展開が目の前にありながら、相変わらず「モリカケ」に終始している日本政治の現況が歯がゆい。(了)