公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

石川弘修

【第515回】日本の安保観に発想転換求める仏の知性

石川弘修 / 2018.05.21 (月)


国基研理事・企画委員 石川弘修

 

 国家基本問題研究所は5月17日、創立10周年を記念して「世界の近未来を予測する―日本は生き残れるのか?」と題するシンポジウムを開催した。ゲストスピーカーに招いたフランスの歴史人口学者、エマニュエル・トッド氏は、これまでにソ連崩壊、リーマン・ショック、アラブの春、ユーロ危機などを「予言」しているだけに、会場のイイノホール(東京・内幸町)には定員の500人を上回る聴衆が詰めかけ、関心の強さをみせた。
 トッド氏は基調講演の後、国基研の櫻井よしこ理事長、田久保忠衛副理事長との対談に移り、直面する国際問題について持論を展開したが、特に日本の安全保障には発想の転換が必要と強調する発言が目立った。

 ●グローバリズムの「疲れ」
 トッド氏の発言は、米国の後退、中国に対する認識、ロシアとの協調、日本の安全保障など多岐にわたった。前提には、グローバリズムが発祥地の米国と英国で「疲労」を起こし、両国を中心とするアングロサクソン世界の不確実性が世界全体に不安定をもたらすという国際情勢の変化がある。
 まず、米国では白人中間層の所得は増えず、高所得者との格差が激しくなり、白人中年男性の死亡率が高まっている。国内分裂の中で、トランプ大統領は保護主義へ向かった。英国は移民流入問題を抱えて欧州連合(EU)から離脱した。
 中国について、日本側には国際ルールを無視し、拡張主義に走ることへの強い懸念がある。地政学上の距離感の違いか、トッド氏はむしろ人口構成の歪みや、活力ある人材の海外流出が投げかける中国の危うい将来を指摘する。

 ●ロシアとの友好関係を提唱
 一方、プーチン大統領率いるロシアは、集団主義的な伝統の上に安定的、保守的パワーとして再台頭している。ソ連の帝国主義的拡張の失敗で懲りており、西欧への膨張は考えにくい、という。中国の存在を考えれば、日本は先の大戦で見たソ連の非道や、北方四島の占領という過去を克服し、ロシアとの友好関係も探るべきだ、とトッド氏は主張する。
 日本にとって優先されるべきは少子化対策への国の支援である。しかし、重要なのは国の安全保障であり、平和のために核武装が必要だと強調、さらに英仏両国が核兵器を持たなかったなら、欧州は無政府状態に陥ったのではないか、とさえ言う。
 かつてフランスの核実験に抗議した作家の大江健三郎氏に対し、同じくノーベル文学賞受賞者のフランスの作家クロード・シモン氏が反論、「第2次大戦前、すべての兵器計画に反対した平和主義者がナチの侵攻を許した」と述べたのを筆者は思い起こした。フランスの知性には、むしろ日本の保守、右派に通ずる安保観がある。(了)