公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

田久保忠衛

【第529回】NATOへの衝撃は日本に波及必至

田久保忠衛 / 2018.07.17 (火)


国基研副理事長 田久保忠衛

 

 第2次世界大戦中にチャーチル英首相の筆頭軍事顧問を務め、北大西洋条約機構(NATO)の初代事務総長だったイスメイ卿の有名な言葉がある。NATOの目的を「ロシアを締め出し、米国に関与させ、ドイツを抑え付ける」(to keep the Russians out, the Americans in, and the Germans down)ことにあると述べたのだ。冷戦時の大敵ソ連に対抗し、最大の軍事大国米国を引きずり込み、ドイツを二度と立ち上がらせないという当時の軍事戦略の要を言い表している。

 ●変わる大西洋同盟
 しかし、創設から69年たった今、NATOは解体あるいは根本的改革のいずれかに直面している。イスメイ卿の3目的の一つ、ロシアの脅威は依然残っているが、米国とドイツの立場はがらりと変わった。
 NATOの防衛費総額の35.7%を負担し、大西洋同盟を牽引してきた米国は、他の加盟国の分担が少ないと公然と不満を述べ、共通目標を国民総生産(GDP)の2%とすることを7月11~12日のNATO首脳会議で再確認し、さらに最終的には4%に持っていくべきだと主張した。「加盟国が十分に負担すれば、米国はNATOを離脱しない」とトランプ米大統領は公言している。
 「抑え付ける」はずだったドイツに対する大統領の考え方は「防衛費を大幅に増やせ」に大きく変わった。GDPの1.2%とは何事か、しかも天然ガスと石油数十億ドル分をロシアから買っている、こんなことではNATOの存在理由はない、などと激しい言葉がメルケル独首相に浴びせ掛けられた。
 ドイツは欧州一のGDPを持つから、金額だけを取ってみれば米国に次ぐ防衛費だ、とメルケル首相は弁解しているが、国力相応の負担をしろと迫るトランプ大統領には全く通用しない。

 ●軽武装路線への批判
 創設以来、NATOは激変した。ロシアの脅威は依然として存在するが、国際テロの恐怖にさらされ、一部加盟国が深刻な難民問題に直面している。加盟国であるトルコはロシアから武器を買い、米国が指摘するように、ドイツはロシアの天然ガスを欧州に運ぶ海底パイプライン「ノルド・ストリーム2」の建設に着手する。オバマ政権以前から始まっている米国の「内向き」傾向はとどまるところを知らない。
 日本と同じ敗戦国のドイツには軽武装・経済大国の路線をやめろ、との圧力が米国からかかっている。日本も時間の問題で同じ環境に置かれるだろう。これを不当な「外圧」ととらえるか、異常だった日本が普通の国家に生まれ変わる「機会」ととらえるか。知性と勇気が試される。(了)