公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

矢板明夫

【第530回】納得できない中国の邦人有罪判決

矢板明夫 / 2018.07.23 (月)


産経新聞外信部次長 矢板明夫

 

 中国の遼寧省と浙江省の裁判所は7月に入って、2015年にスパイ容疑で拘束された日本人2人にそれぞれ懲役12年と5年の厳しい判決を下した。李克強中国首相の5月の訪日以降、日中関係が回復基調にある中、外交交渉で釈放されることを期待していた家族にはショックだったに違いない。
 2人が拘束された時、新聞社特派員として北京に駐在していた筆者は、事件について取材し、1人が中小企業社員、もう1人は元パチンコ店店員で、中国の国家機密に接近できないことを確認している。中国司法当局は、2人が日本の公安調査庁の関係者と接触したことを有罪の根拠にしているようだが、そもそも日本の情報機関は、海外に工作員を送る法的根拠もなければ予算もない。「2人はスパイ」という中国司法当局の結論は極めて疑わしい。

 ●「スパイ」のレッテル貼り急増
 7月までに中国でスパイ罪により起訴された日本人は8人いる。残る6人にも有罪判決が下されるとみられる。米中貿易戦争が白熱する中、中国の習近平政権は内心では日本との関係修復を望んでいる。しかし、日本に頭を下げた印象を自国民に与えたくないため、拘束邦人にあえて厳しい判決を下した可能性があると指摘する専門家もいる。
 「中華民族の偉大なる復興」などナショナリズムをあおる標語を掲げる習政権は、外国の価値観の国内流入を阻止することに力を入れている。中国人と外国人の接触を嫌い、外国の民間人に「スパイ」のレッテルを貼って摘発することが急増している。
 筆者が北京に駐在した10年間、周りに「スパイ」にされた外国人は他に米国人、オーストラリア人など複数いる。中国人からもらった重要でない会議の資料を「国家機密」だと言われ、海辺で撮った写真にたまたま軍艦が写っていたことを理由に起訴された人もいる。昨年3月に拘束された千葉県の地質調査会社の日本人男性6人(2人起訴)の場合も、所持していた温泉を探す機材が「地下の軍事施設を観察できる」ことが容疑の一つになったという。

 ●物言えぬ日本外交
 スパイ容疑で中国当局に拘束された自国民を外交交渉で救出した米国やカナダなどと異なり、日本政府は邦人に冷たいと言わざるを得ない。今回、男性1人が懲役12年を言い渡された当日、菅義偉官房長官は定例記者会見で、「司法プロセスが継続しており、コメントは控えたい」と述べた上で、「改善基調にある日中関係に大きな影響を与えることのないように、日中双方で努力していくことが大事だ」と語り、中国側に抗議もしなかった。
 中国に物を言えない日本外交の悪弊は健在である。本来なら、中国で8人の日本人がスパイ罪で起訴されたら、日本政府も国内で活動する中国人工作員8人を拘束し、交換交渉に臨むべきだ。
 中国の習近平国家主席が来年夏までに訪日を希望しているといわれており、その前に安倍晋三首相は訪中する予定だ。今後、外交当局間で首脳会談の準備が本格化するとみられる。そこで是非、拘束邦人の釈放問題を最優先課題にしてもらいたい。(了)