公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

西本由美子

【第541回・特別版】トリチウム水公聴会の問題点

西本由美子 / 2018.09.04 (火)


NPO法人ハッピーロードネット理事長 西本由美子

 

 8月30~31日、東京電力福島第一原発に保管されている放射性物質トリチウムが入った水の処分について、公聴会が福島県富岡町、郡山市と東京の3か所で行われた。新聞、テレビは、海洋放出への反対意見が登壇者から多数出たことを報じた。公聴会で反対意見が多かったのは事実だ。しかし、その背景にある問題点に触れた報道はほとんどなかった。ここでは、公聴会の問題点を三つ指摘する。

 ●偏る登壇者、経産省に甘さ
 1点目は、意見を述べた登壇者の経歴に偏りがあったことだ。
 国民の多様な声を聴くために開かれたはずの公聴会なのに、登壇者の顔触れに多様性はなかった。例えば富岡会場の壇上に並んだのは、長年、福島県議会で反原発の論陣を張ってきた共産党所属の元県議、高校在学中に学生運動に参加して退学となり、今は反原発活動家と共に運動をするいわき市議、共産党系と社民党系の反原発団体の地元リーダーらであった。
 福島第一原発が立地する地元で行われた公聴会の登壇者14人のほとんどが、そんな政治的イデオロギーを持つ人々だった。
 富岡会場はまだ良かった。そこには県漁業協同組合連合会会長や富岡町出身の司法書士など、地域の現実を知る中で何とか問題を解決しようと意見を言う人も数名は入っていたからだ。郡山会場、東京会場では、そのような人すらいなかった。
 2点目は、公聴会の担当官庁である経済産業省の甘さだ。
 公聴会の会場は野次や罵声が飛び交い、下品な言葉でがなり立てる演説を傍聴者が拍手で呼応し、煽り立てる。各会場に100人以上の傍聴者がいたが、その少なくない割合を登壇者の所属団体の関係者が占めていた。
 公聴会の準備があまりにもお粗末だった。公聴会の趣旨の分かりにくさ、登壇者や傍聴者の募集の仕方、壇上にいる事務局の官僚が怒鳴りつけられて小声で相談し合う姿。事務局がその場をコントロールできなかった。
 公聴会をお膳立てした事務局すなわち経産省が、事前に想定できたことを想定せずに動いた結果でしかない、と原発事故から7年半、この問題と付き合ってきた住民の立場からは思わざるを得ない。

 ●マスコミの安易な報道
 問題の3点目は、マスコミの安易さだ。マスコミは公聴会について表面的な報道に終始した。
 私たちは原発事故そのものではなく、マスコミが作り続ける風評に苦しめられている。 マスコミは登壇者の1人だった県漁連会長の真意を伝えるべきだった。
 福島の漁業者がトリチウムを含む水の海洋放出に反対するのは、それが危険だと思っているからではない。収束しつつある風評が再燃することを心配している。つまり、放出によって、改めて福島の海が危険であるかのような報道が盛り上がり、福島産魚介類の買い控えが国内外で進み、漁業が商売として再起不能になることを避けてほしい、というのが漁連会長の意見だった。
 これは、マスコミは正しく報道することで風評被害を抑制する責任を果たせという問題提起でもあった。(了)