公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

田久保忠衛

【第569回】日ロ関係改善は子供のゲームではない

田久保忠衛 / 2019.01.28 (月)


国基研副理事長 田久保忠衛

 

 安倍晋三首相が進めている日ロ平和条約交渉には、これまでの両国交渉にはなかった戦略的構想が秘められているらしい。自民党総裁外交特別補佐を務める政治家がワシントンの政策研究機関で講演し、「中国への対抗」のためにも日ロ間で平和条約が必要だとしゃべったという(産経新聞1月9日付)。実際にそうであるかどうかは別にして、国家の戦略に関することを気軽に口にする神経を持つ政治家が自民党内にいることを深く悲しむ。

 ●2島で我慢すれば中ロ結託を防げるのか
 一言で表現すれば「戦略」をどう考えるかだが、これを論じるには日本人は幼すぎる。日本の政、財、官界が戦略の重要性に気付かされたのは1971年7月のニクソン・ショックが契機だった。日本の頭越しにニクソン米大統領の訪中が決められ、発表の直前に通告を受けた当時の佐藤栄作首相は、衝撃のあまり口もきけず、憮然ぶぜんとしていた。
 外交戦略を口にするのもはばかられた時代で、戦略研究所の創設を唱えた筆者は、その旨を月刊誌に書いたら、某新聞の論壇時評で東京大学の先生からえらい批判を受けたものだ。ニクソン大統領がベトナム戦争を終わらせるために中国との関係を正常化し、同時に米中対ソ連の対立の構図をつくり出そうとした、などという発想自体がタブーだった。
 特別補佐が言うように、日本は将来、中ロ両国を同時に敵に回してはならないのは当然だが、それが日ロ関係改善とどう関連してくるのか。北方四島の返還を2島で我慢すれば、ロシアは欣喜雀躍きんきじゃくやくして日本に恩義を感じ、一緒になって中国に対抗する、などと考えるのはあまりにも単純だ。

 ●戦略を軽々に口外する愚
 ロシアのラブロフ外相は特別補佐の発言に「言語道断」と怒ったと伝えられているが、当然だと思う。他国をあまりなめてはいけない。ラブロフ外相はこれを外交に十二分に利用するだろう。中国はどう考えるか。しかるべき地位にある人物が、机上に駒を並べたチェスゲームに打ち興じるような感覚で戦略を口外するなど、怒りを通り越して笑っているだろう。
 戦略を進めるにはリスクに耐える国力がなければならないし、環境も整わなければならない。ニクソン外交が成功したのは、中国の毛沢東主席と周恩来首相の2人がソ連の脅威に頭を悩ませ、米国と組んで国境を接する隣国に対抗する「遠交近攻」を実現しようとしていたからだ。ニクソンと毛の利害関係がピタリ一致していたのだ。
 大国に挟まれた日本が生き延びていくために周到な戦略を研究しなければならないのは無論だが、一人前の憲法すら持たぬ国が現実とゲーム遊びを混同しては、国を亡ぼす。(了)