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西岡力

【第570回】トランプ大統領に対北制裁を緩めさせてはならない

西岡力 / 2019.02.04 (月)


国基研企画委員兼研究員・麗澤大学客員教授 西岡力

 

 2月末にベトナムで、トランプ米大統領が北朝鮮の独裁者金正恩委員長と2回目の首脳会談を持つという。トランプ大統領は金委員長と「恋に落ちた」などとツイッターで語りつつも、対北朝鮮制裁はむしろ強化してきた。経済制裁が効果を上げ、北朝鮮では外貨が枯渇し始め、国内で不満が高まってきた。
 金委員長はこれまで、核実験場爆破と米兵遺骨返還の代価を要求してきたが、米国が動かないので、長距離ミサイルと寧辺の核施設の廃棄という新たな譲歩案を出して、米国に首脳会談を求めた。だからこそ、2回目の首脳会談で米国が制裁緩和を約束するかどうかが、最大の焦点となる。

 ●焦点は開城工団と金剛山観光
 2017年8月から開始された北朝鮮への厳しい制裁には、北朝鮮からの輸入禁止が含まれる。北朝鮮は2016年に石炭、衣料品、鉄鉱石、水産物などを中国に売って26億ドルの外貨を得ていた。ところが制裁の結果、それが2017年に16億ドル、2018年に2億ドルになり、得られるはずだった外貨収入34億ドルを失った。
 炭鉱では石炭が露天に積み上げられ、鉱夫への配給が止まって餓死が出る事態になっている。チャンマダン(闇市)は商売規模が縮小し、弱者である孤児や老年層に餓死が出始めた。人々は「党からは自給自足をしろと言われているが、このままではまた松の木の皮をはいで食う大飢饉ききんが来る。そうなったら黙っては死なない」とささやき合っている。40億~50億ドルあるといわれていた金委員長の統治資金も、10億ドル以下に激減したという。
 金委員長は新年の辞で、韓国との協力事業である開城工業団地と金剛山観光の再開意欲を示した。この二つが制裁の例外となれば、韓国の文在寅政権から多額の外貨を得ることができるという計算だ。
 寧辺にはプルトニウム生産用の原子炉や使用済み燃料再処理施設と、濃縮ウラン生産用施設がある。ただし、後者は展示用のダミーで、実際に濃縮ウランを作っている施設は別に複数あり、昨年6月の米朝首脳会談後も濃縮ウランの生産は続いている、と多数の情報関係者は見ている。昨年、そのうち一つは平壌近郊の千里馬製鋼所の施設内にあるという情報を米国情報機関がリークして、北朝鮮を牽制した。

 ●制裁緩和なら遠のく拉致被害者帰国
 金委員長は朝鮮半島の非核化を約束した後も、核開発を続けている。金委員長の現段階での譲歩は、米国への核攻撃能力だけを廃棄するというものだ。
 トランプ大統領が以上のような状況を正しく認識すれば、金委員長に会って、濃縮ウラン生産施設をはじめとする核兵器工場と、現有する核とミサイルを早く申告せよ、と迫るはずだ。それなしに制裁を緩めれば、金委員長は一息ついて、拉致被害者を日本に返すための日朝首脳会談に応じないだろう。
 だから、安倍政権は首相が先頭に立って、米国が制裁緩和、特に開城工団と金剛山観光の例外化に応じないようにトランプ大統領を全力で説得すべきだ。安倍外交の真価が問われる。(了)