公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

湯浅博

【第601回】米イランの衝突で漁夫の利を与えるな

湯浅博 / 2019.06.17 (月)


国基研企画委員兼主任研究員 湯浅博

 

 ホルムズ海峡近くで日本のタンカーなど2隻を攻撃したのは誰か。米国はイランを非難し、イランは関与を否定する。安倍晋三首相のイラン訪問中に起きたこの事件は、イランと日本を引き裂こうとする勢力の仕業であろう。しかし、安倍首相のイラン外交は、米国とイランによる偶発戦争を回避し、緊張を緩和するための重要な一歩であった。両国間の緊張を高め、軍事衝突を喜ぶ武装組織や第三国に漁夫の利を与えてはならない。

 ●緊張緩和を試みた安倍外交
 日本の一部には「仲介外交の失敗」とか「タンカー攻撃を招いた」と言って、短絡的に首相の責任を問う声がある。もとより軍事力の背景を持たない日本に、二つの軍事大国を仲介する余地は限られる。たった一度の訪問で事態の打開ができるはずもない。何よりもイランは、安倍首相のシャトル外交を拒否していない。安倍首相にとっては、まずは緊張緩和を定着させ、ホットラインを持たない米国とイランの武力衝突回避のため交渉ルートを確立することが優先課題であった。
 その上で、中東情勢の緊迫により原油の供給が途絶えないようにすることが重要である。湾岸で紛争が勃発してホルムズ海峡が封鎖されると、世界で最も困るのは日本だ。輸入する原油の8割、天然ガスの2割がホルムズ海峡を通ってくる。2011年の東日本大震災から原発の再稼働が進まず、化石燃料への依存度が増して、中東原油に一段と頼るようになっている。
 さらに、日本の隠れた狙いは、中国と覇権を争う米国が、中東情勢によってアジアへ割く力を削がないようにすることであろう。中東で武力衝突が起きれば、インド太平洋地域に展開する米軍が中東にシフトして、西太平洋がガラ空きになる。南シナ海や東シナ海における軍事的空白は、中国の覇権行動を活発化させる危険がある。米国との貿易戦争で苦戦する中国にとっては、好機の到来になろう。

 ●米軍湾岸展開は中国の思うつぼ
 過去にも、同じような局面があった。2001年から始まったアフガニスタン戦争とイラク戦争の際は、50万の米軍大部隊が投入された。当時の江沢民中国政権は、米軍が長期間にわたり中東に張りつくことで、やがて米国の国力が疲弊すると確信した。中国は2020年までを、経済力を蓄え、軍備を充実させる「戦略的好機」ととらえた。
 今、トランプ米政権が対峙するイランは、人口規模でイラクの3倍に上る中東の大国である。まして米国と「第2次冷戦」を戦う中国は、2049年までに米国を凌ぐ「中国の夢」を掲げており、20年前と比べものにならないほど力をつけた。その習政権は、クリミア半島を力で併合したロシアと準同盟関係を構築しているかのようだ。
 安倍首相はイランをできるだけ中露との枢軸から引き離し、米国とイランが間違っても武力衝突に至ることがないよう努力する方針を明確に定めていた。欧州主要国の内政が混乱し、その外交力に期待できない今、日本外交の真価が問われる。6月末に大阪で開催される20カ国・地域(G20)首脳会議が、次のステップになる。(了)