公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

今週の直言

湯浅博

【第603回】G20後に米中「価値観の衝突」か

湯浅博 / 2019.06.24 (月)


国基研企画委員兼主任研究員 湯浅博

 

 リーマン・ショック後の多国間協調を図る20カ国・地域首脳会議(G20サミット)は調整機能が低下しており、米中対立の行方が会議全体の流れを支配する。再選を目指すトランプ大統領は米中首脳会談での決裂を避け、関税戦争では表面的な歩み寄りを図るだろう。だが、ハイテク覇権争いは持ち越され、相互不信から「価値観の衝突」へと突き進んで、対立がより深く長くなることを予感させる。

 ●協調から対立へ
 昨年のブエノスアイレスG20サミットでは、米中の対立から初めて「保護主義と闘う」との定型文が消えた。今回の大阪サミットでも、議長の安倍晋三首相が掲げるデジタル経済のルール化や世界貿易機関(WTO)の改革も、協調より対立へ傾斜しがちだ。米国や欧州は企業や個人のデータについて、国家監視の制限を要求するが、中国は徹頭徹尾これを避けようとする。習近平国家主席は、G20直前に起きた香港の大規模デモを大幅譲歩によって切り抜け、平壌に飛んで北朝鮮の金正恩労働党委員長に会うという奇策に打って出た。朝鮮半島情勢を米中首脳会談に織り込んで、テーマを貿易問題から拡散させる算段だろう。
 他方、トランプ大統領は交渉のテーブルに着くための配慮として、直前に予定されていたペンス副大統領の対中人権批判演説を中止させ、交渉団から通商タカ派のナバロ通商担当補佐官を外した。ただし、交渉を有利にするための手は抜け目なく打った。中国のスーパーコンピューター大手5社に対する米国製品の輸出を事実上禁止する決定をしたのだ。5社のうち曙光は、中国政府に治安管理の基幹システムを提供し、監視カメラ大手とも取引関係がある。習政権にとっては通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)排除に続く新たな圧力である。

 ●ウェストファリア秩序の否定
 しかし、首脳会談で関税交渉がわずかに進展しても、米中が抱える構造問題は変わらない。背景には自由主義世界秩序に挑戦する中国との覇権争いがあるから、根は深い。習主席は、やがては中国を頂点とする華夷秩序のグローバル化を実現するとの意識が強い。米評論家ゴードン・チャン氏は、2017年9月に王毅外相が共産党中央学校の機関紙に、習主席の外交思想が「西側の300年に及ぶ伝統的な理論を超越した」と書いたことを挙げる。中国が1648年のウェストファリア条約に規定した領土と主権尊重の国際秩序を否定し、中国を頂点とする秩序を形成しようとする野心を指摘した。
 これに対しトランプ政権は、国務省のスキナー政策企画局長が、中国とは「真に異なる文明、異なる価値観の戦いである」と述べ、近く重要文書を示すことを明らかにしている。トランプ政権が2017年に打ち出した「国家安全保障戦略」の大国間競争とは異なり、あえて「価値観の衝突」を浮き彫りにしている。米中対立が価値観の戦いへと向かえば、実利に即して処理することがより難しくなる。日本は米中対立がより厳しいものになることを覚悟し、自由な世界秩序を擁護する姿勢を明確にする必要がある。(了)