公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

細川昌彦

【第742回・特別版】米国よ、TPP復帰へ目覚めよ

細川昌彦 / 2020.12.03 (木)


国基研企画委員・明星大学教授 細川昌彦

 

 中国の習近平国家主席が11月20日、環太平洋経済連携協定(TPP)への参加意欲を表明した。地域包括的経済連携協定(RCEP)に署名した直後というタイミングをとらえて、バイデン次期米政権の機先を制し、自由貿易、多国間主義の旗手であるかの如く振る舞う。
 政治的ポーズだけではない。習主席は他国にサプライチェーンの中国依存を高めさせて、経済を武器に使う方針を露わにしている。経済関係の緊密化はそうした状況を作り出す。

 ●中国に包囲網打破の思惑
 中国にとってもっと重要なのは、対中包囲網の打破だ。日米豪印4カ国(クァッド)の連携強化に中国は危機感を高めているが、TPPについても中国は包囲網の一環と受け止める。
 中国の立場に立てば、バイデン次期政権の下で米国がTPPに復帰すれば、対中包囲網が強化される最悪のシナリオとなる。将来中国が加盟申請しても、米国との厳しい交渉が待ち受け、中国は追い込まれる。それを回避するには、米国の復帰前に加盟するのが得策だ。先に加盟すれば、逆に米国のTPP復帰を阻止して、米国をアジア経済圏から排除できる。併せて台湾のTPP参加も阻止でき、台湾を一層孤立させられる。
 ただし中国のTPP加入のハードルは高い。貿易の自由化やルールのレベルが格段に違う。中国は、厳しい加入条件を満たせると本気で考えているのだろうか。
 例えば、TPPは国有企業の優遇禁止を求める。習主席は国有企業を民間企業より優先する方針を鮮明にしており、方向が逆だ。加盟交渉で何とでもなると高をくくっているのか、空約束をするつもりだろう。世界貿易機関(WTO)加盟後の中国を見ると、その疑念が湧いてくる。中国は2001年にWTOに加盟した際の多くの約束を未だに履行していない。この二の舞いは避けるべきだ。中国に国内改革を進めさせる外圧としてTPPを利用することなど、およそ期待できない。

 ●将来を決める日本の立ち位置
 中国のTPP参加意向は、トランプ政権でアジア戦略が不在だった米国を目覚めさせることになるのか。仮に中国が加盟すると、米国はアジア経済圏から排除され孤立は避けられないので、先に加盟することが決定的に重要だ。バイデン次期政権はTPPへの復帰交渉で、民主党左派への配慮から、雇用維持のために環境、労働分野の条件を上乗せした要求をする可能性もある。しかし、これで交渉が暗礁に乗り上げれば、喜ぶのは中国だ。
 TPPを巡る米中の相互牽制の中で、日本はどう向き合うべきか。米国の復帰を最優先すべきだが、米国の要求次第では他の加盟国の反発も招く。中国は巨大な国内市場を餌に日本の産業界を揺さぶるだろう。
 来年は日本がTPPの議長国になる。米国抜きでTPPをまとめ上げた日本の立ち位置がTPPの将来像を決めるだろう。(了)