国基研企画委員・主任研究員 冨山泰
オバマ米政権は対中関係改善を優先するあまり、中国の軍備拡大への対処をおろそかにしかねないという懸念は、中国の軍事動向に関する米国防総省の最新の報告書を読む限り、ほぼ払拭されたと思う。16日に発表された年次報告書は、中国の軍近代化に対する警戒心を思いのほか強く打ち出した。
「ヘッジ」戦略を実質的に継続
米国はブッシュ前政権時代に、「エンゲージ」(関与する)と「ヘッジ」(保険を掛ける)を対中政策の二本柱とした。中国とのかかわりを強めて国際社会に取り込む一方で、中国の軍拡の動機がはっきりしないので、保険を掛けておくというやり方である。その保険の中身は、米軍配置の重点を大西洋から太平洋へ移すとともに、日本をはじめアジアの同盟国との関係を強化することであった。
しかし、昨年、オバマ政権下で初めて出された年次報告書からヘッジというキーワードが消えたこともあって、同政権の対中政策は弱腰に転ずるかもしれないとの疑いが生じた。今年の報告書もこの言葉を使っていない。だが、筆者が注目したいのは次の記述である。
「国防総省は中国の軍を監視し、紛争を抑止する特別の責任を有する。部隊の配置、プレゼンス、能力開発、同盟・パートナー関係の強化を通じて、国防総省はアジア・太平洋地域の平和と安定を維持する米国の意志と能力を示す」(下線筆者)
傍点の部分は、ヘッジの内容そのものだ。国防総省はオバマ政権下でもヘッジ戦略を実質的に継続することを宣言し、それをホワイトハウスも承認したというのが、今年の報告書が含蓄する重要な意味合いと言える。
日本照準ミサイルは4倍増
これ以外にも、今年の報告書には対中警戒心の高まりを裏付ける個所が幾つもある。例えば、中国軍が東シナ海や南シナ海だけでなく、その先のインド洋や、太平洋の「第2列島線」(伊豆諸島から小笠原諸島、グアム、パラオ諸島、ニューギニア島北西に至る線)を越えて作戦領域を広げつつあることに初めて具体的に言及した。
また、①日本やインドを射程内に置く核搭載可能な準中距離弾道ミサイル「東風21」の配備数は85~95発となり、5年前に比べ4倍以上に増強された②台湾に向けられた短距離弾道ミサイルは前年とほぼ同数だが、改良型が導入され殺傷力を高めている③海南島の大海軍基地の建設が事実上完了し、国産空母の建造は年内に開始される可能性がある―といった、新たな事実や分析を明らかにしたことも見逃せない。
問題は、中国軍拡への対抗措置として「同盟関係の強化」を求められた日本の民主党政権と菅直人首相に、米国の期待に応える意志と能力があるか、である。国家安全保障上の緊急課題である対中共同対処をそっちのけにして、民主党代表選という「コップの中の争い」にうつつを抜かしている場合ではない。(了)
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第52回:菅政権は対中対抗措置に参加せよ (冨山泰)