自民党が「人権とビジネス」について提言を検討しているようだ。報道によれば、新疆ウイグル自治区などの人権状況が懸念される中国などを念頭に、企業が取引先等での人権侵害のリスクを調べて予防・対処する「人権デューディリジェンス(DD)」に焦点を当てるという。
欧州では人権DDを義務化する動きがあり、日本も企業の取り組みを進めるべく、政府として実施ガイドラインを整備することは必要だろう。その方向性に異論はない。ただし、人権DDだけを切り取って見るのではなく、人権リスク回避の観点から多角的に考える必要がある。
●米中とも恣意的運用の恐れ
今、日本企業は大きなリスクに直面している。昨年末に成立した米国のウイグル人強制労働防止法だ。強制労働を理由に新疆ウイグル自治区からの全製品の輸入を原則禁止する。企業に製品が強制労働で作られていないことを立証する「悪魔の証明」を求めるものだ。米国に輸出する日本企業も、広範な供給網の精査が必要となる。深刻なのは米国の運用が不透明で、予見不可能なことだ。昨年、ユニクロのシャツが米国の税関で差し止められた事案が典型だ。
他方、中国も反外国制裁法で報復する構えだ。日本企業が人権侵害の懸念から自主的に中国企業との取引を止めれば、中国から制裁を受けかねない。まさに「前門の虎、後門の狼」の状況である。
政府は米中双方の恣意的運用から日本企業を守る対策を講じるべきだ。人権DDもそうした文脈で見るべきで、政府は米国とすり合わせて具体的な判断基準を明確に示すべきだ。ただし、それだけでは十分でない。
●「人権理由の輸出管理」を
大事なことは政府も輸出管理に乗り出すことだ。昨年の先進7カ国(G7)首脳会議では、国際的な供給網から強制労働を排除する仕組みで共同行動を取ることで合意し、「貿易政策は重要な手段」とされた。欧米はすでに輸出管理などの貿易措置を講じており、実施していないのは日本だけだ。
さらに、昨年12月のバイデン米大統領主催の「民主主義サミット」では、米国が「輸出管理・人権イニシアチブ」を発足させた。有志国で輸出管理の「行動規範づくり」をする。
問題はその支持国に日本が名を連ねていないことだ。有志国による協議には、オブザーバーではなく責任ある立場で参加すべきだ。
外務省は中国を刺激することを懸念してか、人権侵害を理由とする輸出管理に否定的だ。しかし、輸出管理は制裁と根本的に違い、中国など特定国を名指しする規制ではない。それは従来の安全保障を理由とする輸出管理と同様だ。
今回、自民党の提言では企業による人権DDに焦点を当てるようだが、いくら政府が判断基準を示しても、企業が判断する限りは、米中の狭間でリスクを負うのは企業だ。それを避けるためには政府の判断が必要だ。企業にだけ人権DDの負担と判断を求め、政府は判断しないのは責任回避だ。
企業が直面するリスクを深刻に受け止めるならば、人権DDも輸出管理と密接な関連をもって包括的にとらえるべきだ。(了)