公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

湯浅博

【第938回】新冷戦の「回帰不能点」を超えた

湯浅博 / 2022.07.04 (月)


国基研企画委員兼研究員 湯浅博

 

 欧州とインド太平洋の民主国家群が、ユーラシア大陸の専制国家を取り囲むように手を結んだことは歴史的な前進であった。北大西洋条約機構(NATO)が採択した今後10年の指針「戦略概念」は、ロシアを「直接的な脅威」に、中国を「体制上の挑戦」と位置付けて、新冷戦の回帰不能点を超えた。その中露枢軸と東で対峙する日本は、対露制裁で欧州と足並みをそろえ、インド太平洋でもNATOと協調できる戦略的環境を整えた。

 ●ウクライナ戦争で西側が覚醒
 近年の米欧関係は、トランプ前米大統領がNATOを「時代遅れ」となじり、マクロン仏大統領が「脳死状態」と呼ぶほどに足元が乱れていた。強い国家への衝動を持つロシアのプーチン大統領の眼には、固有の勢力圏と考えるウクライナへの侵略の絶好の機会と映ったに違いない。ウクライナ侵略戦争は、米ソ冷戦下にあった1950年代の朝鮮戦争がそうだったように、自由社会の安逸さを一撃で覚醒させた。朝鮮戦争までの米欧は、チャーチル前英首相が「鉄のカーテン」演説で対ソ警戒を呼び掛けても、西側を覚醒させるには不十分であった。だが朝鮮半島の「熱戦」は、これら冷戦のレトリックを超えて米ソ冷戦を戦う自由世界の転換点になっていく。
 近年もトランプ政権下の2018年10月、当時のペンス副大統領が中国による国際秩序の攪乱を見過ごしてきた日々を「終わりにする」として中国との対決を鮮明にした。米国の戦略家たちは、これをもって米中新冷戦の到来を指摘した。しかし、米国はアフガニスタンでの戦争に疲れ、なぜ遠いバルト三国や台湾を守るべきなのか疑問を抱く人々が少なくなかった。ペンス演説といえども、米国民を覚醒させるには至らず、欧州も米中新冷戦には距離を置いた。
 だが、今年2月初めのプーチン大統領と習近平中国国家主席による共同声明は、NATOの東方拡大に反対し、中露の友情に「制限なし」と表明していたことから、米欧の警戒感を一気に高めた。従って、ロシアのウクライナ侵略は、中露枢軸による挑戦として、迷走する米欧関係を活性化させることになった。ウクライナの「熱戦」が、その背後にいる中国との新冷戦を加速させたのだ。

 ●実行迫られる日本の防衛費増額
 ただ、戦争が長期化すると、ドイツとイタリアはウクライナへの重火器提供をめぐる内部論争で足踏みし、再選されたマクロン大統領は、NATOと距離を置く極右のルペン候補に肉薄されて政権基盤が弱い。この戦略環境の下で、6月末のNATO首脳会議は、新冷戦を戦うための「結束」に向けてギアを1段上げることに成功した。
 さらに重要なのは、NATOが安全保障上の懸念として中露を名指ししただけでなく、日本など域外国とも協力して、厳しさを増す安全保障環境への備えを明確にしたことだ。特にNATO首脳が、インド太平洋の礎として日本との協力を探っていたことが際立つ。岸田文雄首相は会議で「日本の防衛力を5年以内に抜本的に強化」し、「防衛費の相当な増額を確保する決意だ」と語った。首相は自らの「国際公約」の重さを胸に刻み付けるべきである。(了)
 
 

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